ナマエは一通り日用品を買い終えてふと思った。なんだか結果的に自分の買い物に付き合わせてしまった様な形になっていたからだ。

オマケに荷物まで持ってもらって、少なからず彼に対する邪の考えは薄れていた。

「・・ごめん」
「なーに、いきなり」

ふと俯くナマエに総司は首を傾げる。お互い片手に荷物、片手は握られたままだった。

「私の買い物に付き合わせて」

ナマエの言葉に総司はそんな事か、と笑った。

「別にいいよ、特に行く所も決めてなかったしね」

それに、と総司はナマエの顔を覗き込む。

「なんか、新婚さんの買い物みたいだったし」
「!」

あは、と笑う総司に、思わず視線を逸らした。そしてナマエの家に着いて、総司は玄関に荷物を置いた。

「じゃあ僕はこれで」
「・・上がって」

立ち去ろうとした総司をナマエが呼び止めた。予想外だったのか、珍しく総司が驚いた表情を見せた。

「今日のお礼。晩ご飯作る」

対したものは出来ないけど、と呟いて奥へと行ってしまったナマエに、総司は思わず口元が緩んだ。

「お邪魔します」

そう律儀に言って総司は家へと足を踏み入れた。

「ふーん、これが君の部屋ね」

別に何て事ない部屋だ。最近越して来たばかり、と言うのもあったが、ナマエ自身執着する事がない為自然と物は少なかった。

ワンルームの部屋にベッドとソファーと机がある。あとは棚とクローゼット、そんなシンプルな部屋だった。

「座ってて」

そう言ってナマエは冷蔵庫を開けて食材を取り出した。

「僕も手伝うよ」

そう言って近寄る総司に、ナマエはそれじゃお礼にならないと呟く。

「座ってるだけもつまらないからね」

確かに自分の部屋には時間を潰す様な物はない。ならば、とナマエは無言でそのまま料理を続けた。

「何作るの」

ナマエの肩から顔を出して手元を覗き込む。それでも何も言わないナマエに、今日で大分警戒心が解けたのだと総司は思った。

「鍋」
「・・春なのに?」

もう外は暖かい。鍋と言えば真冬にコタツで囲む物だと思っていた総司は思わずそう問い掛けた。

「作れば次の日も食べれるし、二日置きに味を変えてる」
「そう言う意味じゃなかったんだけどな」

なら何だ、と首を傾げるナマエに苦笑いを零して、それでもまぁいいか、と手伝いを始めた。

「でも、買い換えようと思って買った食器が役に立ったね」

食卓に並んだそれらは、今日買った物ばかりだった。ナマエも大まかな物は実家から持って来てはいたが、細かい箸や取り皿などは未だに買え揃えられてなかった。

「本当に、新婚さんみたいだね」
「やめろ」

そう一言だけ返して鍋の味を見るナマエに、総司は 連れないな、と言葉を零した。

「「 頂きます 」」

二人揃って手を合わせた。面と向かって食事に手を付ける。

「!」

総司は食事を一口含んで思わず驚いた。

「美味しい」
「・・そう」

心底そう呟く総司に、ナマエはホッとした様に一言零して自分も食事を始めた。

「正直、君のお弁当のおかず食べて期待してなかったんだけど」
「・・私は鍋しか作れない」

ふとバツの悪そうに視線を逸らすナマエに総司はフッと笑った。

「でも本当に美味しいよ」
「・・初めて」

そう言って箸を進める総司に、ナマエは小さく言葉を零した。

「家族以外に食べてもらった」
「!」

少し照れ臭そうに言うナマエに、そう、と総司は微笑んだ。

そして食事を終え、片付けを二人で終えてソファーへと腰掛けた。

「ご馳走様、また作ってくれる?」
「・・鍋で良ければ」

ナマエの言葉に、総司は楽しみだと呟いた。

「そうだ」

ふと徐ろに総司が自身のポケットを漁って、何かをナマエに差し出した。

「紐?」

翡翠色と白の二本で一つの結い紐。それは少しくすんでいて、とても綺麗だとは言えない。なぜこれを差し出されたのか分からず、ナマエは首を傾げる。

「これは僕のじゃないしね」
「!」

そう言って手のひらに置かれたそれにハッとした。

「・・まさか、」
「うん」

ナマエの言いたい事が分かったのか、総司はただ頷いた。

「ただの、夢だと思ってた」
「僕もだよ」

でも違った。それは彼を目にした時にもそう感じたが、これで確信に変わった。

「いつから」
「うーん、物心付いた頃かな」

総司の言葉にそんな前から、とナマエは呟く。君は、と返す総司に、ナマエは昨年辺り、と返した。

「だから、なの」

ふと俯いたナマエに総司は首を傾げる。

「だから、私に付き纏うの」
「・・・」

ナマエの言葉に総司は何も言わない。そんな総司に、ナマエはギュッとその結い紐を握り締めた。

「私は、彼女じゃない・・っ」

彼の求めている人は、私じゃない。それを突き付けられた様で、何故か胸が痛んだ。

「ねぇ、君の夢はどんなだった?」

黙り込んだナマエに変わって、総司が口を開いた。

「・・約束」

総司の問いにナマエは俯いたままそう答えた。

「もう、一人にしないって・・っ」

語尾が震えた。口にして、この言葉がこんなに切なさを秘めているのだと初めて知った。

「それを聞いて、君はどう思ったの」
「・・っ」

握られた手に総司の手が重なった。肩が彼の胸にぶつかって、髪に彼の頬が触れた。

「苦しくて、寂しくて、哀しくて・・」

総司の言葉に促されながら、ナマエはポツリポツリと言葉を紡いでいった。

「胸が痛い位、愛おしくて・・っ」

そっと背中から回された手が、ナマエの顔を上げさせた。

「僕も、同じだよ」

無意識の内に流れた涙を、総司はそっと拭った。見上げた先にいた彼は、夢で見た彼と同じ様に、哀しく微笑んでいた。

「・・ナマエ、」
「っ、」

そんな風に呼ばないで、抗えなくなるから。

近付く唇を、何も言わずに受け入れた。目を閉じれば、やっぱり涙が頬を伝った。