「入学式早々サボるとは、いい度胸じゃねぇか」

事態は最悪だ。職員室にてナマエはそう思わずにはいられなかった。

「土方先生、そんなに怒るとシワが増えますよ」

もう若くないんだから、なんて総司の言葉に、土方は更に眉間のシワを深くした。

「誰のせいだ!馬鹿野郎!」

職員室に止まらず、その怒号は廊下にまで響いていた。

(はぁ)

ナマエは心で小さくため息を吐く。結果的に二人揃って入学式に参加出来ず、今に至る。

この学園の教頭でもある土方に怒られているにも関わらず、その口元から笑みを手放さない隣の彼ーー沖田総司を横目に見れば、やはりナマエは夢の人物を思い浮かべた。

(やっぱり、似てる)

何度見ても、どこから見てもその姿は瓜二つでナマエは戸惑う。

(まさか、現実にいるなんて)

ただの夢だと思っていた。でも夢の人物と目の前の彼は何だか印象が違うと思った。それはただのナマエの憶測の人物像の話しだが。

「まぁまぁ、土方先生」

ふと言い合いを続ける二人間に一人の教師が割って入った。

「そのくらいでいいだろ、折角の入学式だしな」
「原田、その入学式にこいつらは出なかったんだよ」

原田と呼ばれた男はそんな土方の言葉に苦笑いを浮かべて、ナマエに視線を移した。

「俺は原田左之助、お前のクラスの担任だ」

宜しくな、と笑う彼に、ナマエは丁寧に頭を下げた。

「すみません、入学式に出れずに」
「いーんだよ、どうせ堅っ苦しい挨拶ばっかだしな」

原田の言葉に土方は何か言いたげだったが、原田は気にせずにナマエの頭に手を乗せた。

「?」

なぜか頭を撫でられて、ナマエは疑問に思いながら原田を見上げる。

「おい、原田」
「お、悪い悪い」

ついな、なんて悪びれもなく謝る原田に、土方は一層深いため息を吐いた。

「いいか、女だからと甘やかすつもりはねぇ」

そのつもりでいろ、と鋭い視線がナマエに刺さる。その言葉にナマエは無言で頷いた。

「大丈夫だよナマエちゃん。土方先生は意地悪だけど、他の人は良い人ばかりだから」
「総司、てめぇは・・」

総司の言葉に土方は思わず頭を抱えた。そして諦めた様に もういい、と言われようやく解放された。

そしてまだ会議があるらしく、原田の代わりに総司が教室まで案内してくれる事となり、二人肩を並べて人気のない廊下を歩いて行く。

「災難だったね」

そう笑う総司にナマエは思う。貴方のおかげで余計怒られた気がする、と。

でもそんな事は口に出さずに、ただ彼の言葉を聞いていた。

「ここが君の教室だよ」

そして一つの部屋の前で総司が足を止めた。

「ありがとうございました」

一つ上、二年である総司は言わば先輩にあたる。そんな彼にもナマエは丁寧に頭を下げた。

「いいよ、別に」

総司はそう言ってやはり笑った。そしてナマエは教室の扉に手を掛ける。

「ねえ、ナマエちゃん」
「?」

だが、また口を開いた総司にナマエは振り返る。

「!」

カシャ、と一つ音が鳴って、ナマエは目を見開く。

「記念だよ」

携帯を片手にそう言う総司にナマエは思わず顔を顰めた。なんだこいつ、と。

そして何も言わずに背を向けた。

「やっと会えたしね」
「!」

しかし聞こえて来た言葉に今度は勢いよく振り返った。だけど彼は既に廊下を歩いて行ってしまった。

(まさか、ね)

空耳程度にしか考えずに、ナマエは再びその扉に手を掛けた。

「!」

そして入った教室を見て思わず驚いた。なんせ、男まみれだったからだ。

今年から共学、とは聞いていたが、正直予想以上に女子が少ない。と言うかいない。

名前が沖田の為、廊下沿いだろうと予想してそちらを見る。案の定一つ空いた机があるのを確認してそこに腰を掛ける。

「あれ、お前入学式いなかった奴?」

ふと隣の席の男の子がナマエに声を掛けた。

「そうだけど」

特に悪意なくそう言った彼にそれだけ答えると、彼は屈託のない笑顔をナマエに見せた。

「俺、藤堂平助!宜しくな、お隣さん!」
「沖田ナマエ」

そんな彼に完結的に名前だけ返す。そんな少し無愛想なナマエを気にも止めずに、平助は げ、とオーバーリアクションを取って後ずさった。

「沖田って、まさか総司の親戚とか・・?」
「沖田、総司・・」

平助の口調から彼も既に総司の事を知っている様だった。その余りいい印象を持てなかった彼の名前を復唱して、思わず顔を顰めていた。

「全く無関係」
「あれ、なんか俺マズった感じ・・?」

ナマエの表情に平助は思わず冷や汗をかく。そんな時一人の生徒が二人の前へとやって来た。

「あ、あの・・!」
「!」

胸の前で手を握り、やたら緊張気味でそう声を掛ける少女にナマエは驚いた。女の子がいたのか、と。

「私、雪村千鶴って言います」

そしてその子は、綺麗にビシッと右手をナマエに差し出して頭を下げた。

「お、お友達になって下さい・・!」

そんな千鶴にナマエも平助も固まった。

「・・ぷ、あはは!なんだよ千鶴、それ!」
「・・っ」

途端腹を抱えて笑い出す平助と、声には出さずに口元を押さえて笑いを堪えているナマエに千鶴はあたふたとした。

「え、え!?私なんか変な事言った!?」

そんな千鶴の手を、ナマエはそっと握った。

「宜しく」
「!」

目尻に溜まった涙を拭って、ナマエはそう言って笑った。そんなナマエに千鶴は思わず顔を赤くした。

「なんで赤くなってんだよ」
「え、だ、だって・・」

平助が変な奴、と首を傾げれば、千鶴は視線をナマエに移した。

「ナマエちゃんの笑顔、凄く綺麗だったから」
「まぁ確かに、お前男の格好しても似合いそうだもんな」

千鶴と平助の言葉にナマエは反応に困る。二人の言うそれは自分には分からなかったからだ。

「雪村さんと、藤堂くん」

そう呼ぶナマエに千鶴と平助は目を合わせて、そしてナマエに笑った。

「千鶴でいいです!」
「平助でいいよ!」

見事に揃った二人に一瞬驚きながらも、そんな二人にナマエは微笑み返した。

「なら、私もナマエって呼んで」

こうして、どうなる事かと思われた初日は何事もなく終えた。