「!」
一拠点潰し終えた二人は、道の先に座り込む見知った後ろ姿を見つけた。
「ようやく見つけたね」
総司もその姿に気付いたのか、そう言って口角を上げた。
「!」
「あーあ」
だがその背後に一人の羅刹が刀を振り上げる。瞬間、ナマエがいち早く駆け出した。
「!」
そしてその後ろ姿は気配を感じ、振り返った先にいた人物に目を見開いた。
「ナマエ・・!」
そして遅れて来た総司がナマエの横に並んだ。
「はじめくん、背中がガラ空きだったよ」
「お前も来たのか、総司」
斎藤は刀を握り締めたままゆっくりと立ち上がる。
「・・ナマエ、済まなかった」
そして斎藤は徐ろにナマエの肩を掴み、そう呟いた。そんな斎藤にナマエは首を傾げた。
「あの時俺が加勢していれば、あんな事には・・っ」
「斎藤さん・・」
ナマエは思う。千鶴と言い、斎藤と言い、どこまで人が良いのかと。
「ありがとうございます、斎藤さん」
「ナマエ・・」
そう言って微笑むナマエに、斎藤は優しく微笑み返した。
「もう身体はいいのか」
斎藤の問いにナマエは一つ頷く。それにそうか、と小さく返して見つめ合った。
「・・ちょっと、はじめくん」
ふと、痺れを切らした総司の声に斎藤が視線を総司に変える。
「どうした、総司」
「どうしたじゃないでしょ」
いつまで触ってるの、とその肩を抱いてナマエを引き寄せた。
「俺はただナマエの身を案じていたまでだ」
「だーかーら、もう平気だってば」
そんな二人のやり取りにナマエは笑みを零す。
「二人共、そんな事言ってる場合じゃ」
そこまで言って周りの気配に気付いた。
「あーあ、はじめくんのせいで囲まれちゃったじゃない」
「む、俺のせいか・・」
少し声を落とす斎藤に、ナマエは総司に目配せをする。
「まぁ、僕らの敵じゃないでしょ」
そんな総司の言葉にナマエと斎藤はフッと笑った。
そして三方向に別れて駆け出す。ナマエは敵を斬り捨てながら、別の事を考えていた。
思えば彼には振り回されてばかりだった。仕事はしないは、男だと言ってるのにちゃん付けするは、終いには仕事を増やす事ばかり。
彼のせいで何度とばっちりの様に二人で土方に怒られただろう。今思い出しても腹が立った。
・・だけど、本当は面倒見が良くて、お節介で心配性で。当初抱いてた印象とは全然違った。
腹が立った出来事すらも、彼ならではの優しさや接し方だったのでは、と思ってしまう辺り重症だ。
剣では結局勝てなかった。でも彼と仕合いをしている時、全てを忘れられた。その時間が何より楽しかった。
でもそんな彼の弱さも強がりも見て思った。傍にいたいと。彼に触れたくて、彼と生きたくて、涙が溢れた。
想う事も、考える事も面倒だと止めたはずだったのに、彼の存在は自然と私を人へと歩かせた。
本当、不思議でよく分からない人。でもとても愛しくて、大切な人。
貴方の歩む道に、私の歩む道にお互いがいて、本当に良かった。
私は新選組の、貴方の道を少しでも切り開く事が出来ただろうか。
島原での潜入捜査の時、彼は私を武士だと言ってくれた。本当にそんな大層な者に成れたかは自分では分からない。
だけど願わくば、そうであって欲しいと思う。私の存在の意味があったのだと。皆に、彼に出逢った意味がこの胸にある様に。
「はあ、はぁ・・っ!」
一頻り倒して刀を地面に突き立てた。もう、既に腕に力が入らない。
−−限界、
そんな言葉が頭を過ぎった。
「ゴホッ!ゴホッ・・!」
「!」
ふと、咳き込む声が聞こえて振り返る。そこには地面に膝をつきながら血を吐く総司の後ろ姿があった。横にはいつか見た千鶴の兄、薫が横たわっていた。
「総、っ!」
駆け出そうとしてハッとした。足も、もう既に動かなくなっていた。だがそんな総司の目の前に敵が迫っていた。
「私が、護る・・っ!」
そう言って地面に突き立てた刀を抜いて後ろに振りかざした。
「!」
自分の頭上を何かが通り過ぎた。ハッと顔を上げれば見慣れた刀が羅刹に突き刺さり、灰となった身体から落ちて行った。
「・・助かったよナマエ、」
そう言って振り返って、目を見開いた。
「良かっ、た」
「ナマエ・・!!」
微笑みながら膝から崩れ落ちるその姿に、駆け出した。
「・・ナマエ、」
そっと肩を抱き上げれば、その手が頬に触れた。
「そう、じ・・」
「・・っ」
ナマエの手をギュッと握って、無理やり笑った。それに返す様にナマエも弱々しく微笑んだ。
「私、護れた・・かな」
ナマエの問いに思わず握る手に力が入った。
「何言ってるの。今僕を護ってくれたじゃない」
「そっ、か」
ふふ、と笑うナマエの顔が満足そうに笑う。ずっと、何かを護りたいと願っていたから。あの日、両親を失った日から。心の奥底で。
「私、今度こそ護れたよ・・父様、母様」
私の家族を。そう言ってナマエは青く澄み渡った空を見上げた。それは眩し過ぎて涙が出そうになった。
「ナマエ・・っ」
「総司、」
そして視線を総司に戻して、ナマエは言葉を紡いだ。
「・・共に過ごしてくれて、ありがとう」
「言ったでしょ。もう君を一人にしないって」
それは療養していた家を出ると決意した時、総司が同時に思った事だった。そんな総司の言葉にナマエはもう一度ありがとう、と笑った。
「怖くて、千鶴には約束してあげられなかったけど」
でも、とナマエはか細く呟く。
「また・・貴方に、会いたい」
そう言った瞳から、一つの涙が溢れた。
「・・僕もだよ。だから、もう一度約束する」
伝った涙を拭って、額を合わせた。
「君を、一人にしないって」
「・・っ」
頬を引き寄せ合って、口付けをした。
「貴方に、出逢えて良かった」
愛おしそうに頬を撫でて、その瞳を見つめた。
「貴方をずっと、」
「・・ナマエ!」
そう言ってナマエは消えた。触れていた頬も、抱いていた肩も、全てその手をすり抜けていく。
「・・っ君に、こんな思いをさせずに済んで良かったよ」
青い炎に包まれたナマエだったものに、堪えていた涙が溢れた。
計り知れない喪失感。哀しみ、苦しみ。こんなもの味わうのは僕だけでいい。
「僕も、君に出逢えて良かった」
きっと約束を護る。その約束を護るために、少し眠ろう。
その時必ず君を見付けて、今度こそ離してなんかあげないから。
『貴方をずっと、愛しています』
風に乗って、声が聞こえた。
「・・僕も愛してるよ、ナマエ」
次に君の名を呼ぶ頃、僕はいないかも知れないと毎日思っていた。
それでも君に僕を刻み付けたくて、何度も呼んで、何度も求めた。
先に僕が消えると思っていたから、こうなればいいと思ってた。君より一秒でも永く生きる事を。
でもやっぱり辛いから、もう・・独りには戻れないから、僕も眠るよ。
君と言う存在を知って、愛して、死がこんなに恐ろしいものだと知った。きっと僕らは、その死を招き過ぎた。でも後悔なんてしてない。君もそうでしょ。
だから次に君の名を呼ぶ頃には、笑って抱き締めるから。君が痛いとか、苦しいとかって呟いたって、絶対離れない。
「だから、また会えるよ。きっと、ね」
二つの炎が一つになって燃えた。
やがてそれは大気に解けて、跡形もなくなる。
だけれど、終わりはしないだろう。二つ魂が、心が互いを求め合う限り。
きっと、いつかまた。君の名を呼ぶ頃に。
「本当入学式なんて、面倒だな」
日和に暖かさを増していく今日。もう既に慣れ親しんだ校舎の渡り廊下に彼はいた。
携帯を片手に、既に体育館から聞こえるマイクの音に気怠げに言葉を零す。
「・・あれ」
ふと渡り廊下から視線を中庭に向ける。そこには満開の桜の木。風に乗ってひとひらの花びらがその存在を彼に伝えた。
「あんな所に桜なんてあったっけ」
首を傾げてその桜を見つめる。すると、一瞬そこから光を感じた。
何かと思いを近づけば、枝に引っかかる様に流れる古い髪留め。着物を着る時などに用いるであろうそれは、翡翠と白の二本の紐で先端には金色の装飾が付いている。
恐らく太陽の光に反射してこれが光ったのだろう、と彼は思った。そしてそれを手にした瞬間、ハッとした。
「まさか、これ」
そう、それに見覚えがあった。いや、実際に見るのは初めてだ。だけど知っている。だってこれは
「!」
カサッと木の裏から音がして肩を揺らす。見れば寄り掛かる後ろ姿が僅かに見えて、彼の胸は大きく音を立てた。
だって僅かな後ろ姿だって見間違うはずない。それはずっとずっと、探していた姿だったから。
「また会えたね」
優しい風が吹いて彼女の髪を靡かせる。その横顔を覗き込めば、規則正しい寝息を立てていた。
「−−ナマエ、」
「・・ん」
ゆっくりとその瞼が開かれていく。
そして、約束と共に二人の時間がまた動き出した。
fin...