組長たちが集まる部屋の前、声の代わりにコンコン、と軽く襖を叩いて中からの返事を待つ。

「ナマエか、入れ」

土方の声が聞こえてナマエはその襖を開けた。

「総司を連れて来てくれたのか、ありがとな」

土方の言葉にナマエは座りながら礼をして背後に立つ総司を部屋へ押し込んだ。

「何ですか、土方さんこんな時間から」

時刻は昼過ぎ。普段会議と言えば朝一かそれこそ日が沈み静まり返った頃だ。

「まぁ粗方予想は付いてますけどね」

総司の言葉に土方はなら座れ、とため息をつく。

そして総司が座るのを確認してナマエは部屋を後にしようとする。

「ナマエ。今日はお前も参加しろ」

土方の言葉に一同は静かにざわついた。ナマエも突然の言葉に思わず目を見開いた。

「"僕が参加しても宜しいのですか"」
「ああ、いいから言ってんだ」

全体の空気的には余り参加しない方がいいのでは、とナマエは内心思ったが、土方の言葉にこれ以上反論も出来ず、仕方なく総司の後ろに腰を下ろした。

「堅っ苦しいなあ、僕の隣においでよ」

後ろ、と言っても背後に襖すれすれの場所に座ったナマエに総司は苦笑いを浮かべながら言った。

「"断る"」
「本当、僕にだけつれないんだよねナマエちゃんは」

二人がそんな会話をしている最中、幹部たちが揃い土方が本題を話し始めた。

「議題は他でもねぇ、昨日逃げ出した羅刹についてだ」
「血に狂った可哀想な人達の事だよ」

土方の言葉に総司がナマエに向けて補足として言葉を繋げた。

羅刹、それは変若水を飲んだもの。大抵は血に狂い理性を失う。だが代わりに人ならざる力を得る事が出来る、と説明を受けた。

聞けば幕府も繋がっている様な言わば人体実験。だがそれを聞いてもナマエは表情を変えなかった。

「奴らは夜中に行動を移す。被害が出ない内にケリを付ける」

ナマエはそこまで聞いて理解した。事の重大さ、機密さを。だからこそ自分さえも駆り出された。何より早さが勝負なのだから。

「羅刹を知ってるのはこの中の奴らだけだ。他言無用、肝に銘じておけ」

ナマエは土方の鋭い視線と自分に向けての言葉に軽く頭を下げる。

そして解散が言い渡され、部屋を出た近藤、土方、山南は並んで廊下を歩いた。

「少し、早かったのでは?」

山南が眼鏡に触れながら土方に苦言する。

「彼が間者の可能性があるのは周知の事でしょう」
「山南くん」

山南の言葉に近藤が眉を下げる。それを気にもせずに山南は言葉を続けた。

「これが薩長などに漏れでもしたら幕府は間違いなく我々を見捨て、全てが敵になるのですよ」

それ程にこの人体実験は危うさを秘めていた。勿論新選組幹部であれ、この実験を良しと思っている者などいない。

厄介事を引き受けてしまったのは百も承知。だがもう引き返せない所まで彼らは知ってしまっていた。羅刹と言う存在を。

「あいつを信用してくれ、とは言わねぇ」

そんな山南の言葉に対し、土方がようやく静かに口を開いた。

「裏切る様な素振りを少しでも見せれば斬る。それでいいだろ、山南さん」

睨み合う二人に近藤はどうしたものかと思う。

「俺は、彼を信用してあげたい」

そして考えた末に自分の思っている事をそのまま口にする事にした。それしか、思い浮かばなかったのだ。

「確かに腕からしても彼は只者じゃないだろう。だがあの総司とも上手くやってくれてる、それが俺は素直に嬉しいんだ」

あの二人のやり取りは最早一番隊の、いや新選組の十八番の様なものだった。

皆もナマエの参加に驚きはしたが異論を唱える者はいなかった。それはナマエの人柄や一緒に生活する中で培って来た確かなものがあったからだ。

「それに俺は最初に彼を見た時、幼い頃の総司と被ってな」

まるで遠い過去を見つめる様に近藤は呟く。

「放っておけんのだよ」

そう困った様に笑う近藤に二人は言葉を失い、そして諦めた。この人はそう言う人だ、と。

「ったく、あんたって人は」
「相変わらず人が良すぎます」

だから付いて来た、そう言葉にせずとも二人は思う。

「ありがとう」

まるで自分の事の様にそう笑う近藤に二人も思わず微笑み返した。