「−−っ!・・やめっ!・・」

声が聞こえた。笑い声と、悲鳴だ。これは夢か、ナマエはゆっくりとその瞼を開けた。

「どうして・・!」
「助け、」

ああ、これは夢なんかじゃない。これは

「父様!母様!」
「ナマエ!?」

これは、私の記憶。二人との唯一残る最期の記憶。

「餓鬼か」
「二人は、私が護、る」

刀を構えた私の眼の前で、血飛沫が舞った。

「逃げ、て・・ナマエっ」
「母、様・・」
「その子には手を、!」
「父様・・」

ナマエに向かって伸ばされた手は、無情にも地に着いた。

「う、わああああ!!」

気付いたら駆け出していた。刀を手にしたまま。

「!?」
「こ、の餓鬼・・!」

二人、三人と斬りつけて、その小さな身体が赤く染まる。

「はあ、はあ・・っ!」

だが精神的にも肉体的にも呆気なく限界が訪れる。

「・・・」

その場に気を失う様に倒れたナマエを見つめる男。それこそがナマエを拾った張本人だった。

目覚めた時、ナマエは記憶を失くしていた。なぜ失くしたのかも分からず、ただ男の言葉を聞いていた。

「ナマエ」

その名もその男から聞いた。だから苗字は分からない。ただ覇気もなく、生きる気力が湧かない理由すら分からずに何年か生きた。

ある時ある一家を襲った。家主を手に掛けようとした時、そいつの息子がナマエに刀を向けた。

見覚えのある光景だった。家主がその子に手を伸ばす姿を見てハッとした。ああ、あの子は自分だ、と。

でもその子にナマエの様な剣技はなかった。呆気なく殺された。他でもないナマエの手によって。

その時既に感情はなかった。時間が経ち過ぎて、自分の両親を殺した相手がこんなに近くにいるのにも関わらず憎悪すら湧かなかった。

そいつらの中にいてもナマエは一人だった。そんなものを抱いても、今更遅いと思った。それよりもあの時の無力な自分が思い出されて、そんな記憶に自ら蓋をした。

だから両親を殺された自分ではなく、捨てられた自分に置き換えた。その方が楽だったから。

何も、考えたくない。ただ、それだけだった。


「−−・・」
「おはよう」

目を覚まして上から降って来た声に顔を上げた。いつの間に眠っていたのか思い出せない。

木に寄りかかったまま、彼は自分を支えていたのかと思うと少し申し訳なくて、でも同時に愛おしかった。

「夢を見た」
「夢?」

ポツリと呟くナマエの言葉を、総司は繰り返す。

「私が、護れなかったモノの夢」

それは両親であり、自分の心であった。後者に至っては自ら捨てた様なものだ。

「でも一つは、貴方と新選組の皆が取り戻してくれた」

私の心。それがこんなにも暖かいものだなんて、あの場所にいた時は思いもしなかった。

「そっか」

ナマエの言葉に総司はそれだけ言って微笑んだ。ギュッと握るナマエの手の平を包み込んで額に口付けをする。

そんな総司の仕草に身を委ねて決意する。今度こそ、護り抜くと。今思えば、あの場所にいなければ彼や新選組にも出会えなかった。

きっと、こうしている事も共に戦う事もなかっただろう。そう思うと気持ちが楽になった。

(父様、母様、ごめんなさい)

心でそっと呟いた。忘れていて、忘れ去ろうとしてごめんなさい。だけどそれでもその事に後悔はしていない。だから、ごめんなさい。

ふと、目を閉じれば、思い出そうとしても思い出せなかった二人の笑顔が浮かんだ気がした。

(・・ありがとう)

それは自己満足か、妄想か分からない。だけど今幸せな自分を祝福してくれているのだと信じたかった。

「・・朝が、来る」

もう直ぐ日の出。開戦の狼煙が上がるのは時間の問題だった。

「そうだね」

見据える先に何があるのか分からない。それでも二人はギュッと手を握りしめながら、登る太陽を見つめていた。

「行こうか」
「・・うん」

失わないものなどない未来へと立ち上がる。総司はまだ空を見つめているナマエの横顔を見つめた。

(君が目覚めるまで、ここにいるつもりだったんだけどな)

予想に反して早起きな彼女に、苦笑いを零した。進まなくてはいけない道。だけどほんの少しの休息を一秒でも長く。

「!」

ふとナマエがしがみつく様に抱き付いて、総司は目を見開く。

「あと、少しだけ」
「・・うん」

やっぱり思っていた事は同じで、総司は微笑みながらそっと抱き締めた返した。

「「 ! 」」

そして大砲の音が町に鳴り響く。その音に二人は身体を離した。

「時間みたいだね」

総司の言葉にナマエはゆっくりと頷く。その瞬間的に変わった横顔に総司は笑う。本当、真面目なんだから、と。

「よそ見してると置いてっちゃうかもね」
「こっちの台詞」

そう言い合って駆け出した。丘の横の斜面を降りて少し走れば、敵軍の直ぐ近くに出た様だった。

「あの時の倍はいる」

それはナマエが元いた場所へ捨て身で行った時の話しだ。あの時は死ぬ気であの場所へ向かった。

彼が来たのは誤算、と言うか予想外だった。でも嬉しかった。涙が出る程に。

「そうだね」
「今度こそ本当に狂うかも」

自嘲する様に笑えば、総司もフッと笑みを零した。

「君が僕以外の血を求めるなら、僕が君を殺してあげるよ」

酷く優しい言葉に聞こえた。そんな総司の言葉にナマエは一つ頷く。

「なら総司が狂ったら、私が殺してあげる」
「それは楽しみだね」

そう言って木陰に隠れていた身を堂々と晒した。恐れるものなど、何もなかったから。

「貴様ら、何者だ!」

敵の兵が声を上げ、刀を構える。それに合わせて二人も刀を抜いた。それを問われるのは何度目か。でも嫌いじゃない。だって自らの誇りを掲げられるから。

「新選組一番組組長 沖田総司」

「新選組一番組副組長 沖田ナマエ」

スッと同時に刀を構えて、駆け出した。

「な、新選組だ、と!?」

言葉を言い終える前に首が落ちた。

「近藤さんが土方さんに託した新選組なら、護らないとね」

そんな総司の言葉にフッと笑う。それを土方に言ってあげれば良かったのに、と。

「僕らの仕事は、新選組に立ち塞がる敵を斬る」

それだけだよ、と総司は笑う。

「っ、羅刹隊を出せ!」

生身では敵わないと思ったのか、別の兵がそう声を上げる。するとぞろぞろとその背後に怪しく光る目をした者たちが集まった。

「・・増えた」
「本当、嫌になるよね」

どこに行っても羅刹ばっかでさ、そう言って二人もその髪と瞳の色を変える。

「お前たち・・っ!」
「さあ、始めようか!」

再び地面を蹴り上げる。二人の距離を保ちながら、一心不乱に刀を振った。

後にこの場にいた生き残りは語る。笑みを浮かべ人を人とせず斬り伏せて逝く其の二人の様は、正に鬼の様だったと。