次の日、夕暮れ時になって足を進めた。
「あと一息って所かな」
僅かに見覚えのある風景に総司はそう言葉をこぼした。それにナマエも無言で頷く。
ギュッと刀を持つ手に思わず力が入り、そんなナマエの姿に総司は全く、と心でため息をついた。
「そう言えば、身体は平気?」
「!」
ふと問い掛けた言葉にナマエは目を見開いた。そして見る見る内にその顔が赤く染まっていく。
「これでも僕は心配して言ってるんだけどな」
そんなナマエの反応に総司は口角を上げる。
「・・平気」
そう言ってナマエは顔を逸らして、足早に先に進んで行く。
少し、不安だった。血を飲ませた事に対して。冷静じゃなかった訳じゃない。だけどあの状況で血を見せたら拒めないのは考えずとも分かる。
結局は総司の行動は自己満足に過ぎなかったのではないか。そんな風に考えていた。
でも返ってきた反応は別物で幾らか安心した。悪戯心に火が付いてしまった。
「そんな早く歩いたら危ないよ。昨日あれだけ」
「!?」
言いかけた言葉は、瞬間的に戻って来たナマエの手の平に遮られた。そしてニヤっと笑う。それに気付いたナマエはハッとした。
「捕まえた」
咄嗟に離れようとしたナマエの手を掴んで引き寄せる。途端、ナマエは顔を背けて視線を外した。
「明らさまに逸らされると傷付くな」
「・・っ」
冗談交じりにそう言えば、ナマエはグッと唇を噛み締めてゆっくりと視線を戻して行く。
「本当、可愛い」
恥ずかしさに潤んだナマエの瞳が総司を捉えて、そんなナマエの目に映る総司はフッと笑う。
「っ」
手と腰を掴まれて唇が軽く音を立てる。ただ触れただけの口付けなのに、昨日の事が頭をチラついて熱に侵されそうだった。
「・・物足りない?」
一度の軽い口付けだけして総司がナマエに問い掛ける。そんな言葉にナマエは再び目を見開いた。
「そんな顔してる」
「して、ない・・!」
唇が触れるか触れないかの距離で総司はそう囁く。ナマエは僅かでも動けば唇が触れるその距離に、身動きを取れずにそう声を上げた。
「そう、でも僕は全然足りないよ」
「・・っ」
物欲しげな瞳と甘い言葉に眩暈がした。顔だけじゃなく全身に熱が走って浮遊感に襲われた。
「でも、そうも言ってられなさそう」
「!」
ザッと音を立てて現れた敵の集団。先頭にいる男が二人を見据える。
「お前たち、何者だ!ここは戦さ場だ!」
好戦的な目付きに総司はため息を吐く。
「彼、空気読めないのかな」
「言ってる場合か・・!」
ぴったりと寄り添った二人に掛ける言葉じゃないよね、と総司は思う。そしてナマエの言葉に仕方なく腰から手を離せば、自身の刀を抜く。
それに合わせてナマエも総司と前方の敵を見据え、背中を合わせて刀を抜いた。
「仕方ないから、名乗ってあげるよ」
口角を上げて言う総司の言葉に、ナマエも僅かにフッと笑った。
「新選組、一番組組長 沖田総司」
「新選組、一番組副組長 ナマエ」
その言葉に男の顔色が良く見る見るうちに変わって行く。
「新選組だ、と!?」
男には知らずと堕ちて行く風景が見えただろう。言葉を言い終わる前に、羅刹化したナマエがその首を落としたのだから。
「君のその容赦ない所、凄く好きだよ」
そんなナマエに当てられて総司も羅刹化し、冷徹な笑みを浮かべる。
「さて、どっちが多く殺せるかな」
「愚問」
改めて刀を構える二人は笑っていた。まるで、本来の姿に戻ったのを喜んでいるかの様で、嫌でも思い知る。やはり、自分たちの居場所は戦いの中にあるのだと。
「負けたら、後でいっぱい褒めてあげる」
「・・断る」
本当、可愛くないよね。なんて呟きを受けて駆け出す。二人の通る道は紅い印で満ち溢れ、まるで二人の軌跡の様であった。
血塗られた道を進んで行く。例えその末路が道を自身の血で染める事になろうとも怖くなかった。
「・・何人殺したか覚えてる?」
一つの終着地点でその二つの影は静かに動きを止めた。
「・・・」
総司の呟きにナマエは眉を寄せる。そして無言で首を横に振った。
そんな余裕はなかった。刀を持つ手が僅かに震えている。それは恐怖でも罪悪感でもなく、高揚から来るものだった。
「僕もだよ」
そのまま空を見上げた。木々の隙間から夕陽が降り注いで、光は毒の筈なのに暖かく感じた。
それは人の命を奪う事で己の命がここにある事を実感している様で、二人の心の片隅で申し訳なさに胸がギュッと鳴る。
でもそれ以上に感じた事は、こうして二人並んで戦う事への快感だった。
だが敢えて口には出さなかった。出してしまえば本当に人で失くなってしまう気がしたから。
「新手が来る前に行こうか」
総司の言葉にナマエは黙ったまま頷く。その表情は引き締まりながらもどこか嬉しそうだった。
もうすぐそこに、終わりが近付いていようとも。