「・・ナマエ?」
あの静かな日々を抜けて数日が経った。日が暮れてそろそろ動き出そうかと言う時間帯。それは山の中を突き進む中で起こった。
総司は隣で寝ていたはずのナマエの姿がない事に気付いた。思わず立ち上がり辺りを見回す。
暗くなった森で人一人探す事は容易ではない。だが総司はすぐにその存在を見つけた。
「ナマエ、」
「!」
総司の呼ぶ声にその影は大きく揺れた。そして顔を上げたナマエに総司はゆっくり近付いて行く。
「・・っだ、め」
赤い瞳に白い髪、喉元を押さえてナマエは苦しそうに肩で息をする。羅刹の発作だった。
「くっ、うああ!」
あまりの衝動に上げた顔が地に伏せた。それでも尚、総司は歩む足を止めなかった。
「・・っ来るな!!」
思わずナマエが声を上げる。刀を目の前の人物に向けながら。
「お願い・・っ私は・・!」
ナマエの瞳から殺気と涙が溢れた。総司は剣先が掠る手前で足を止める。
「貴方を、殺したくない・・っ!」
そんな言葉に総司はフッと笑う。何を言っているのか、と。
「君が僕を殺せるの?」
一度も仕合で勝てた事がないのに、そう言って総司はしゃがみ込むナマエを見下ろし、再び一歩踏み出す。
「・・っ」
「大丈夫だよ」
総司はそう優しく笑った。手首を、その刀に当てながら。
「嫌、・・私は、血なんて・・っ!」
震える刀、溢れる涙と発作でどうしたらいいのかわからない。ただその総司の手首から流れる血の匂いが鼻に付いて、その紅さに目が奪われて狂いそうだった。
「何言ってるの、僕はただ君に口付けをするだけだよ」
いつもみたいに、そう言って総司はナマエの前にしゃがみ込んだ。
「嫌、・・やだ・・っ」
ナマエの脳裏にいつかの光景が浮かんだ。始めて羅刹を見た時の、あの光景を。
「狂いたく、ない・・!」
「うん、そうだね」
だから、そう言って総司は自分の手首に吸い付き、そのままナマエに口付けた。
「ん・・っ!」
ゴクリ、とナマエの喉がなった。
「僕と、口付けして」
再び自分の手首に吸い付いて、ナマエと唇を合わせる。ナマエは涙を流しながらも、それを受け入れた。
「!」
バサと刀が落ちる音がして、頭を更に引き寄せられた。
「・・っ」
入って来た舌に総司は思わず目を細めた。
きっとこれを人は狂気と言う。こんな求められ方をしているのに、身体が熱くなってナマエの腰を引き寄せた。
口の中の血の味がなくなって同じ事を繰り返す。総司は必死になって口付けをするナマエの服をはだけさせ、指でなぞる。
それにナマエの身体が跳ねて、僅かに唇を離した。
「僕にも、君の血をちょうだい」
いつの間にか羅刹となっていた総司は、目を細めてナマエに乞う。
それにナマエは無言で落ちた刀を握り、躊躇う事なくその手首に傷を付けた。
総司の視界が一瞬にして揺れる。甘いその香りにナマエは吸い付き、そして総司の頬を包んだ。
「っん!」
「・・っ」
既に限界だった。その手首に赤いものが浮かび上がり、その唇が赤く揺らめいていた時点で。
左手で勢いよくナマエの頭を引き寄せて、右手で身体に触れた。熱を帯びた二人の瞳が重なって、更に身体が熱くなる。
「そう、じ・・っ」
「ナマエ・・っ」
言葉を発する時間さえ惜しかった。ただひたすら求め合い、身体を重ねた。
「・・っはぁ」
「まだだよ、まだ・・足りないっ」
息苦しさに唇を離したナマエを引き寄せる。
その後、ナマエが気を失うまでそれは続いた。
「・・・」
総司は一人、はだけた服を気にもせずに隣で気を失ったナマエの髪をなでる。
「完全にやり過ぎちゃったね」
少し血を飲ませるだけのはずだった、それで発作が治るなら。ただそれだけを思って手首に傷を付けた。
それでも今まで見た事もない彼女の姿に理性は一瞬で飛んだ。止まらなかった、例えそれが人の道を外れた行為だったとしても。
背徳感はなかった。むしろ高揚していた。自分の全てが。泣きながらも自分を求める彼女が愛おしくて、狂おしくて堪らなかった。
「僕も大概、人間じゃないな」
自分の狂気さに震えた。だけど嫌じゃなかった。だってこれもきっと、君だからこその狂気だから。
「ごめん、」
そっと髪を掻き上げて、露わになった頬に口付ける。
それは今晩の事になのか、それとも
「多分また僕は君を求める」
それこそ今すぐ君を八つ裂きにして、その全てを奪ってしまいたいと思う程で。
「でも、僕を嫌いにならないで」
それさえも愛だと思ってしまうからタチが悪い。
「好きだよ、ナマエ」
もう僕は君の血以外いらない。欲しくない、君以外は。
「だからもっと、僕を求めて」
どうか、僕の狂気が君にも移りますように。
ただそれだけを願った。