「眠れないの?」
近藤が捕まったと聞いてから一晩経った。時間はもう深夜、月が天高く上がった頃、ナマエは縁側に座って空を見上げていた。
そんな背中に総司は布団から顔を出す。
「起こした?」
「・・そんな事ないよ」
ナマエの言葉に総司は首を横に振ってナマエの横に腰掛けた。
二人して空を見上げた。ただ何も言わずに、風の音が静かに響く。
お互い考えている事は分かっていた。昨日からまともに眠れていないのも同じ。
離れた場所で戦う皆の事。そして捕縛された近藤。
忘れていた訳じゃない。でもどこかで皆なら大丈夫、なんて空想を浮かべていた。ここが余りにも、静か過ぎて。
「私、行く」
ポツリとナマエが短く言葉を溢した。それを総司は黙って聞いていた。
「たくさんの命を奪って、私はあの時死んでいた」
それは銃撃部隊に単騎で突入して行った時の事。奇跡的に目覚めはした。だがあの時指一本動かす事が出来なかった。
だから言った"服の中にある"総司は聞いた途端そこにある物が何なのか察した。
だから島田に席を外させた。誰にも邪魔されたくなかった、彼女の選択を。そして苦しむ姿を見られたくなかった。
案の定、それはあった。躊躇ったのは一瞬だった。
「きっと、私の居場所はここじゃない」
自分の手のひらを見つめた。もう何日も刀を握っていない。そんな事記憶にある限り思い出せない。きっとそんな日は一日だってなかった。
人を殺してきた事に後悔なんてしてない。寧ろ喜んでた。楽しんでいた。
皆の役に立ち、皆と同じ場所を共有している事が。彼の、隣に居られる事が。
「ここにいたくない訳じゃない、けど」
ここにいると忘れてしまう、忘れてはいけない何かを。
「それが、君の決めた事?」
空を見上げたまま問い掛ける総司にナマエは黙ったまま頷く。
「そっか。なら、また一緒だね」
「!」
総司の言葉にナマエは顔を上げた。まさか、そんな言葉を思い浮かべながら。
「僕も行くよ」
「・・そう」
分かってる。どうせ言ったって聞いてくれない。分かってる。ここを出ればきっと帰って来れない事を。
「もう君を一人でなんて戦わせない」
「・・うん」
二人の間で手をギュッと握る。だけど言わない、それが終わりの始まりになる事が分かっているから。
「行こう、近藤さんの所へ」
「うん・・っ」
ナマエは思わず俯いた。泣きたくなかった。だって泣けば予想される結末を肯定する事になってしまう。
例えそれが現実だとしても、思い描いたものが夢物語だったとしても、それを否定し、肯定し続けたかった。
「!」
「泣いて、いいんだよ」
総司の腕に抱き締められて、ナマエはその胸に顔を埋めて首を横に振った。
「本当、君は僕の言う事聞かないね」
上から優しい声が降って来て、ギュッと総司の服を握り締めた。
「僕は、死ぬ気はないよ」
だって、そう言ってナマエの肩を掴んで少し離れた。見つめ合えばやっぱり優しく笑った総司の顔があって、自然と涙が流れた。
「もう君を一人にしないって、決めたから」
ナマエの頬をそっと撫でて、涙の跡に口付けをする。
「だから君が泣いたからって、僕は悲観しない」
むしろ愛おしい、そう言って総司は小さく笑った。
「・・バカ」
「ありがと」
そして、いつかみたいに月の下で口付けた。
二人ならどんな道でも怖くなかった。この手の中の小さな光は、何があっても もう消える事はないから。
「愛してるよ、ナマエ」
その光を、僕らは愛と呼んだ。
むず痒かった。二人には似合わない言葉だと思ったから。それでも今は、それが愛おしくて仕方ない。
それはきっと永遠に消えはしないだろう。例えこの命が、尽きようとも。
◇
「へぇ、それが君の洋服、ってやつ?」
次の日、二人は早速出立の準備を始めた。
「動きやすい」
「ふーん、」
上から下までマジマジと見る総司。その声は少し不服そうだ。
「足、出し過ぎじゃない?」
「?」
少し不機嫌そうな総司にナマエは首を傾げる。
「まぁ、いいけど」
どうせもう皆見てるんだし、と総司は表情を戻した。
「・・・」
そんな総司を気にもせず、ナマエは久方ぶりに刀を手に持つ。その重量感に少しほっとした。
「行こうか」
同じく洋装姿になった総司が声を掛ける。それに一つに頷いて、二人は家を出た。強い決意を胸に秘めて。
「どこに向かうの」
歩き始めてナマエがそう問い掛ける。正直近藤の所へ直接向かっても助けられる可能性は低い。
「とりあえず、土方さんの所へ行くよ」
きっとあの人の事だからもう動いてるだろうし、と総司は言う。なんだかんだ信用しているのがその言葉から伺えて、ナマエはフッと笑う。
「分かった」
「ほら、」
頷くナマエに、総司は手を差し出す。ナマエはジッとその手を見つめた。
「こうだよ」
「!」
そう言って手を繋ぐ。そしてそのまま歩き出した。
「これでずっと、君を感じていられる」
「・・バカ」
視線を逸らすナマエに総司は一つ笑みを溢す。
「それに、君が僕のものだって分かるしね」
「?」
そんなナマエの反応に総司はこっちの話し、と呟く。
「付けてくれたんだね、それ」
ふと足を止めた総司が、ナマエの横に一つに束ねた髪に付いた髪飾りを髪ごと掬って口付けた。
「可愛い」
「!」
一瞬驚いた顔をして、ナマエはまた視線を逸らす。でも顎を掴まれて、視線が自分の意志とは別に動かされた。
「ちゃんと見せて」
「・・っ」
重なった視線に総司は目を細める。その視線にナマエは身体が熱くなった気がした。
「だから、そんな目で見たらダメだよ」
ここは外だしね、と総司は呟く。だが、一向にナマエの顎を離そうとはしない。
「だったら、離せ・・!」
「残念、もう少し見ていたかったのにな」
仕方ない、そう言って軽く口付ける。
「外って言ったのに」
「だから、一回でやめたでしょ」
そう言って再び歩き出す。お互いのその手を、しっかり握ったままで。