彼女が入隊したのは新選組が正式なものになって初めての入隊式の時だった。
「"ナマエ。苗字はありません"」
ナマエは総司だけでなく新選組副長の土方やその他の組長たちの目に止まった。
それはその容姿が原因ではなかった。画用紙に書かれた文字。そして、何よりナマエのその容姿に似つかない瞳に皆は自然と注目した。
冷たい、冷酷な、瞳。人を斬るという事を身に染みて感じたばかりの彼らだったからこそ、それは他の隊士とは明らかに違うものだと思った。
「"会話の手段は文字になります。ご面倒ですが宜しくお願いします"」
ナマエはそう言って頭を下げた。それに反応したのは他でもない、新選組局長近藤勇その人だった。
「苦労して来たろう。我々の事は家族と思ってくれて構わないからな!」
そんな近藤に土方はため息を吐いた。だが只者じゃない。それはその後行われた総司との仕合でも明らかだった。
総司たちほどではないがその腕は明らかに組長クラス。だが、その上素性が定かではない。土方は敢えてナマエを監視をする意味も込め一番組副組長と言う配置にナマエを置いた。
面倒だと言う総司だったが怪しければ斬ってもいいと言う土方の言葉に承諾した。
だが土方たちの思考とは裏腹に、ナマエは規律と言うものを毛嫌う総司の代わりによく動きよく働いた。
土方たちにはキチンとした態度で接し、節度も礼儀もある。そんなナマエは何時しか一番隊のお目付役となっていた。
「ん?」
原田左之助、十番組組長。彼は後ろからトントンと肩を叩かれ首を傾げて振り向いた。
「おう、ナマエか」
そしてナマエを視界に入れるとニカッと笑い頭を撫でた。
「"なぜ毎度頭を撫でるのですか"」
画用紙から僅かに見えた顔は照れてる様な膨れてる様な表情で原田は思わず頬を緩めた。
「なんでだろうな、なんか撫でたくなるんだよなーお前見てると」
撫でながらうーん、と首を捻る原田にナマエはもう一枚の紙を突き出す。
「"うちの組長、知りませんか"」
「ああ、総司探してんのか」
原田の言葉にナマエは眉間にシワを寄せながら深く頷く。そんなナマエに原田は苦笑いを浮かべた。
「お前も大変だな」
「"もう大分慣れましたから大丈夫です"」
そう言うナマエに原田はまたナマエの頭を撫でる。
「えらい!流石男だな!」
その言葉にナマエは僅かに複雑そうな表情を浮かべた。
「と、総司だったな。そういや本堂の方で子供たちと遊んでたな」
「"分かりました。ありがとうございます"」
原田の言葉にナマエはそう言って深く頭を下げた。そして言われた場所足を向かわせれば呑気に子供たちと遊ぶ総司の姿はあった。
「あれーどうしたのナマエちゃん」
君も遊んで欲しいの?なんて言う総司にナマエは首を横に振った。
「"副長が呼んでる"」
その文字に総司は嫌な予感しかしなかった。
「それ、僕が行かなきゃ駄目?」
「"当然"」
君が行ってきて、なんて言う総司にナマエはキッパリとそう言った。
「あーあ、じゃあ今日はここまでだね」
肩車した子をゆっくりと下ろして総司はそう言った。まだ遊び足りない子供たちからは不満の声が漏れ、そんな声に総司はごめんね、また今度と言葉を返す。
そんな総司をナマエは不思議に見つめる。なぜ面倒くさがりで血の気の盛んな彼が子供たちと遊んでいるのか。それはナマエがここに来た時から思っていた。
だが答えは知らない。それをわざわざ文字にして聞くのは面倒だと思うから。
「僕が子供たちと遊んでるのがそんなおかしい?」
「!」
文字にしていない自分の言葉を読み取られてナマエは思わず目を見開いて総司を見つめた。
「あは、段々読めるようになって来たよ、君の表情」
そう言って総司は覗き込むようにナマエを見つめた。
「まぁ最近は結構分かりやすいかなー」
そんな総司の言葉にナマエは自分の頬に手を当てた。
「"人"の顔になって来たって事かな」
「?」
意味深な発言に書く事も忘れて首を傾げた。
「教えて上げないけどね」
「!」
あははと走って行く総司をナマエは拳を作って追いかける。
総司の言葉の意味に気付かないまま。