「−−・・」

静かな夜に目を覚ました。目の前にはずっと脳裏にいた人物の寝顔があって、一瞬夢かと思った。

それでも繋がれたままの手のひらが暖かくて、彼の吐息が聴こえて、ただそれだけの事に涙が出そうになった。

何年も流した記憶のなかったそれは、貴方を想うとこんなにも簡単に流れる事が不思議で仕方ない。

本当に貴方は、今も昔も分からない。なんでこんな私を好きだと言ってくれているのか。それが嬉しいはずなのに涙が出る。

私を私でいさせてくれて、私の知らない私を見せてくれる不思議な人。

あんな戦場にいた事が嘘みたいにここは静かで、世界が丸ごとこんなに穏やかなのではと錯覚する。

「ん・・」

その瞼がゆっくりと開いて、翡翠色の瞳がナマエを捉える。

「また泣いてるの」

困った子だね、そう眉を下げて笑いながら総司はナマエの頬を撫でる。

「君、どれだけ寝てなかったの」
「?」

総司の質問にナマエは無言で言葉を待った。

「一日半も眠り通してたよ」
「そんなに」
「おかげで君を前にしてお預け状態だったんだよ、僕」

は?とナマエは眉を顰める。総司の言葉の意味が理解出来なかったからだ。

「何しても起きないから、つまらなかったって事」

そう言う総司にナマエは ああ、と言葉を漏らす。

「だから、良いよね」
「何が、」

ナマエの言葉を聞き終わる前に、総司はナマエの首筋に口付けをした。

「!」
「ここ、君の匂いが凄くする」

顔を埋める様に密着して、ナマエは思わず身を捩った。

「くすぐ、ったい」
「ふーん」

ナマエの言葉に総司は楽しそうに口角を上げた。

「じゃあ、もっとしてもいいよね」
「!?」

なんでそうなるのか、ナマエにはやっぱり総司の考えは理解出来ない。首筋に音を立てて口付ければ、そこには紅い花が咲いた。

「・・っ」

それを見て総司は満足そうに軽く口付ける。しばらくそんな行為が続いて、ナマエは僅かに息を漏らす。

「もっと君に触れてもいい?」

総司が耳元でそう囁く。囁いて口付けて、舌を這わせて、そんな音が脳に響いておかしくなりそうだった。

「ねぇ、」

体勢を変えて上から見下ろして来る瞳に、ナマエは思わず眉を顰めた。

(そんな事、聞いた事ないくせに)

それに加え嫌と言ってもやめた事もない。言う事を聞かないのはお互い様だ、と心で悪態を吐く。

それでも、彼に触れられる事に嫌悪感を抱いた事は不思議となかった。それは彼の気持ちが伴っていたからか、それとも初めて口付けを交わした時既に、無意識の内に彼に惹かれていたか。

だから少し、千鶴が羨ましいと思ったのかも知れない。新選組と言う男だらけの世界で、女として過ごせる彼女が。

「聞いてるの」

少し不機嫌な声が降って来てハッとした。視線を上げればやっぱりそんな総司の顔がある。

「傷付くな、久しぶりに二人でこうしてるのに上の空なんて」
「別に」

少し前の事が頭を過ぎっただけ。そう言うナマエに総司は首を傾げる。それでもまぁいいや、と笑った。

「折角優しくしようと思ったけど」
「!」

突然塞がれた唇。それはやっぱり少し荒々しくナマエの心を蝕んでいく。

「やめる事にするよ」
「・・っ!」

帯が解かれて、素肌に総司の手が伝う。

「組長・・っ」

ナマエの言葉に総司の手が止まった。ナマエが不思議に思って総司を見つめるとやたらと真剣な瞳と視線がぶつかった。

「名前で呼んで欲しいな」
「!」

その言葉に僅かに目を見開いて、そして恥ずかしさに顔を背けた。

「もう君は、僕の意志を背負う必要なんてないんだから」
「何を」

言っているのか分からなかった。

「僕は新選組一番組組長、そして君は副組長だ」

それは今も胸の中にあってきっと消える事はない。でも、それを理由に戦おうとしないで欲しい。

副組長だから組長の代わりをしなければと戦って、死にかけた。無理をした。副組長がいなくなろうとも組長がいるから、と。

少し哀しそうに、総司はそう言う。

「僕は、君の前ではただの沖田総司でいたいのかもね」

そこに戦いがあろうとなかろうと、ただ一人の男として君の隣にいたい。それは彼の小さな願い。例え共にいられる時間が短くとも。

「僕は立場とかそんなの関係なしに君を護りたい」

上司、部下。そんな言葉を何度も繰り返して来た。でもそれは単なる言い訳に過ぎなかった。

それは全部


「君だから、だよ」


月明かりが総司の顔をハッキリと映し出す。ナマエは総司の言葉を全身で感じて、そして衝撃を受けた。

そんな事、考えた事なかった。そして考え、フッと笑った。

「私はきっと、もうずっと前からそうしてた」

ナマエの言葉に今度は総司が驚いた様だった。

「鳥羽伏見の時だって、確かに新選組の為に戦ってた」

だけど、そう言うナマエの言葉を総司は真剣に聞いていた。

「でも、それよりも貴方を想って戦ってた」

貴方の、総司の帰る場所を護らなきゃって。例えあの場で死んでも、それが叶うなら構わなかった。

「銃撃部隊に突っ込んで行った後、空を見た」

もうずっと遠くの方から副長の声が聞こえた気がした。実際にはそれ程離れていなかったのだけれど。

「初めて、綺麗だと思った」

きっとやり尽くしたと、思ったのかも知れない。

「だけど、泣きたくもなった」

ギュッと刀を握って見上げた空。その横には、いつもいた人がいない。

「無性に、貴方に逢いたくなった」
「・・っ」

ナマエの言葉に総司は顔を顰める。それを気にもせずナマエは言葉を繋げた。

「私も変になったかも」

貴方のが移ったと、ナマエは笑った。

だって矛盾してる。会う資格なんてないと思ってた。自分の命なんて、あの日皆に受け入れてもらった日に手放したはずだった。なのに

「貴方と生きたいと、思うなん、て」

言葉を終える前に、総司の腕に抱きしめられた。

「本当 バカだよ、ナマエは」

結局全て、血塗れで戦ってたのも、死にかけたのも、変若水を飲んでまで生きたいと思ったのも

「全部、僕のせいじゃないか・・っ」

そんな僅かに震える背中にナマエはそっと手を回した。

「そうかも」

そう言って笑うナマエに、総司もフッと笑った。

「・・でもそれを嬉しいと思う僕も、同じなのかもね」

少し身体を離してそう言う総司にナマエは首を傾げる。

「ナマエが大好きって事」

驚くナマエの額にコツンと自分の額を合わせて、総司は笑った。

「ねぇ、名前呼んで」

甘える様にそう呟く総司にナマエも微笑む。

「総司」

二人でお互いの頬を包んで名を呼びあった。そこにお互いがいる事を胸に刻む様に。

「もう一回」
「総司、大好き」
「!」

ピクッと総司の肩が揺れる。

「本当 ズルいよね、ナマエは」

はあ、と深いため息を吐いて、総司はナマエを見る。

「!」

その暗がりでも分かる頬の赤らみにナマエは驚いて、笑った。

「可愛い」
「ちょっとそれ、僕の台詞」

少し拗ねた様に言う総司の頬に軽く口付けを落とす。

「・・っもう、なんなの今日の君」

可愛い過ぎ、そう言って口付けを交わした。

朝が来るまで、ずっと。