「なにこれ、どういう事」
静かな一軒家。外からは心地よい木漏れ日が降り注ぐ一室に、彼女は運ばれた。
「ナマエさんは銃撃部隊にお一人で突撃し、壊滅させました」
目の前の言葉を発しないナマエを前に呆然とする総司に、島田は辛そうに説明をする。
「ナマエさんのおかげで多くの隊士がその銃撃部隊に当てられる事なく戻って来ました」
それを総司は黙って聞いていた。目の前の彼女の白かった肌が、今は青白く透けてしまいそうだった。
「しかし、その代償にナマエさんが複数の銃弾を受け、意識不明です」
丸一日半かけて休まずにここに来た。猶予は恐らくあと一日と少し、それ以上は持たないだろうと言われた事も島田は説明していく。
「副長は言いました。ナマエさんを目覚めさせる可能性があるのは、沖田さんだけだ、と」
「本当、あの人は人使いが荒いな」
しかも、こんな大役。そっとナマエの髪を撫でて総司は呟く。久々に触れた恋い焦がれた人物に、総司はこんな姿だとしても思わず微笑んだ。
「また無意識の内に無理したんだ」
本当、君は馬鹿だよ。と総司は頬を撫でる。それを島田は辛くも見つめていた。いや、見届けなければと思っていた。離れた場所で戦う、二人を想う人たちの為に。
「ほら、起きてナマエちゃん」
頬を包んで、額に口付けを落とす。
「起きてる君じゃなきゃ、悪戯してもつまらないじゃない」
コツン、と額を合わせて目を閉じる。
「そんなに僕の事嫌いになっちゃったのかな」
こんな離れた場所にいて、君に文一つ送らなかったから怒ってるのかな。
だけど、ずっと会いたかった。それは自分の我が儘だと思って、ずっとずっと我慢してた。
永遠より長い時間を、一人で過ごした気がする。君がいない一分一秒がこんなに長いなんて思わなかった。
君に、触れても触れられなくても胸が苦しくなるって知った。でも触れてた時の苦しさは幸せだったんだ、って思った。
全部そう。ここに来て、君といた何でもない時間が恋しくて仕方なかった。
君が愛おしくて仕方なかった。忘れる所か君をより求めた。
でも君はきっとずっと戦ってたんだね。バカだから、僕の分まで、なんて考えてたんじゃないかな。いつだって君は僕の言う事なんて聞いた試しがなかったからね。本当やんなるよ、こんなになるまで戦うなんてさ。
もしかしたら君は本当に、あの日で僕を嫌いになったかも知れない
愛想を尽かして、僕を必要としてないかも知れない
でも、それでも僕は今でも
「君の事を、愛してるよ」
優しい、口付けをした。どうか、もう一度だけ僕を見つめて。僕の名を呼んで。僕に、好きって言って欲しいから。
「ナマエ」
愛してる、そんな言葉でも足りない位。君が好きだよ。だから、お願い。もう一度だけ。
「−−・・」
「!」
微かに、ナマエの呼吸の仕方が変わった。
「・・くみ、ちょ」
「おはよ、ナマエちゃん」
その光景に、島田は顔を覆った。
「泣かないでよ」
「・・っ」
その目から止めどなく流れる涙に、総司は優しく口付けていく。
「・・ふ、・・か」
「!」
僅かに聞こえた言葉に総司は動きを止める。
「島田くん、少し席外してくれるかな」
「は、はい」
総司の言葉に島田は慌てて部屋を出る。
「・・・」
ナマエの服を漁って出て来た一つの小瓶。それを総司はギュッと握りしめる。
「もう、腕も・・動かない」
このままだと確実に死ぬ。だから、お願い。とナマエは訴える。
「私も、まだ・・戦える・・っ」
「君は僕のその言葉を、こんな風に聞いてたんだね」
ナマエの呟いた言葉は、総司がよく言っていた言葉。労咳で戦える訳のない自分の我が儘。
その言葉が相手にこんな重みを与えるなんて思っても見なかった。
「ごめん、ナマエ」
髪を撫でれば、ナマエは目を閉じる。まるでそれを噛み締めるかの様に。
そして総司は小瓶の蓋をゆっくりと開けた。
「大丈夫、僕が飲ませてあげるよ。だから、例え化け物になっても僕のせいにすればいい」
そうする事で君の心が少しでも救われるなら、それでいい。
「僕は、君がどんな姿になろうとも、君が好きだよ」
「・・っ」
総司の言葉に、ナマエが僅かに頷いた。そして総司が瓶の中身である変若水を含み、ナマエの口へと流し込んだ。
「っ!」
ナマエの喉が音を立てた途端、ナマエの髪が白く染まり、大きく開かれた瞳は赤く輝く。
「んん!!」
暴れるナマエの両腕を掴んで、そのまま唇を塞ぎ続けた。
そしてナマエの動きが止まったのを確認して、総司はその唇を離した。
「・・ばかっ」
目に涙を浮かべて、そう言うナマエに総司は苦笑いを浮かべる。
「第一声がそれって、まぁ君らし、」
「・・っ」
少し呆れた様に笑う総司の言葉を聞き終わる前に、ナマエはその首に抱き付いた。総司は一瞬だけ驚いて、それでもそっとその背中に手を回した。
「会いたかったよ、ナマエ」
「・・私もっ」
ギュッと力の入るナマエに総司は笑う。今日は素直だね、と。
その声を聞いて島田が部屋へ飛び込んで来る。
「ナマエさん!」
目に涙を浮かべる島田に、ナマエは微笑む。
「ありがとう、島田さん。ここまで連れて来てくれて」
「・・っいえ!良かった!皆さんも喜びます!」
そして島田は休みもせずに皆のいる屯所へ帰って行った。自分も行くと言ったナマエに、その命令はされてないから聞けない、と断られてしまった。
「・・静かな所」
布団に座ってナマエが呟く。
「いいところだよね、今は君もいるし」
「・・変なの」
「君がね」
そんな懐かしいやり取りをして、二人で笑った。
「少し、疲れた」
「どうせまともに寝てなかったんでしょ」
寝転がって二人で寄り添う。総司はナマエの額に口付けを落とす。そんな総司になんで知ってるのか、とナマエは顔を上げた。
「島田くんに聞いた」
「そう」
「無理したね」
「・・してない」
嘘つき、そう言って俯いたナマエの顎を持ち上げる。見つめた瞳には涙が浮かんでいて、そこにも総司は唇を当てた。
「ずっと、頭から離れなかった」
ギュッと首にまとわり付いて、ナマエは言葉を紡いだ。
「貴方の倒れる姿と、最後に笑った顔が」
「うん、ごめんね」
「・・軽い」
サラッと言う総司に、ナマエは声を不機嫌にした。
「ごめんごめん、つい嬉しくて」
総司の言葉にナマエは首を傾げて総司を見つめた。
「君が僕を片時も忘れなかった事と、君とこうして、見つめ合っていられる事が」
「!」
思わず視線を逸らすナマエに、小さく笑って口付けを落とす。今度は唇に。
「好きだよ、ナマエ」
「・・・」
「ナマエ?」
返って来ない返事に唇を離せば、既に寝息が聞こえていた。
「本当、可愛い」
その無防備な唇にもう一つ口付けを落としてギュッと抱き寄せた。
「ありがとう、ナマエ」
同じ気持ちでいてくれて。そう呟いて、総司も瞳を閉じた。
どうかこの時間が、永遠に続く様にと願いながら。