総司が療養場所へ送られてからしばらくして、戊辰戦争、鳥羽伏見の戦いが勃発。
幕府勢として新選組は最前線でその戦いを繰り広げた。
だが薩摩長州の外国式の戦い方に幕府側は苦戦を強いられていた。
「千鶴、手当お願い」
「あ、うん!」
一人の隊士を担いで洋装姿のナマエが屯所へ顔を出す。そして千鶴に託すと直ぐさま外へ足を向ける。
「待って!ナマエちゃん!」
千鶴に呼び止められてナマエは足を止めて僅かに振り返る。言葉を発さずに何か、と問い掛けた。
「ナマエちゃん、少し休んだ方が」
「平気」
千鶴の言葉を最後まで聞かずに、ナマエはそう一言だけ言ってまた背を向けてしまった。
「あ、」
千鶴はそれ以上何も言えず、伸ばした手をギュッと握り締めた。
「どうした」
「土方さん・・」
千鶴の表情を見て聞かずとも土方には分かった、ナマエの事か、と。
この戦が始まってから、ナマエは休むという事をしない。それこそ敵も寝静まる様な時間に刀を抱えたまま座って寝たりしているのを皆が目撃していた。
そんなナマエに千鶴含め、幹部たちは頭を悩ませていた。彼女を突き動かしているものは何なのか、と。
「仕方ねえ、俺が行って来る」
「行って来るって、土方さん!?」
千鶴の心配をよそに、土方は銃声の鳴り響く外へと向かって行った。
「おい、ナマエ」
「!」
突撃の機会を伺っていたナマエは聞こえた声に目を見開いた。
「副長」
そして目を吊り上げて土方の元へ歩いて行った。
「貴方ほどの立場の人間が、何してるのですか」
「俺ほどの立場の人間を駆出さなきゃ休まねぇ奴に言われたくねぇんだよ」
土方の言葉にナマエは首を傾げる。
「お前ら一番組は昔っから言う事は聞かねえは、俺にわざわざ世話焼かせるはで、こっちは迷惑被ってんだよ」
「何言って」
「いいから少し休め、副長命令だ」
言いかけた言葉を遮られて言われた言葉にナマエはぐっ、と押し黙る。
「いいな」
「・・嫌です」
「なに・・?」
視線を逸らしたナマエの言葉に土方は盛大にため息を吐く。
「お前が身を粉にして戦うのは、総司の為か」
「!」
ピクッとナマエの刀を握る手が反応したのを、土方は見逃さなかった。
「こんな事をして、総司が喜ぶと思うのか」
「・・っ」
「ここで死ねば、お前は満足か」
土方の言葉にナマエは思わず土方に掴み掛かった。
「なら私は何をしたらいい!?人を斬って道を開く意外に、私は何をしたら・・っ!」
戦っていないと思い出す。あの日、目の前で崩れて行った後ろ姿を。最後の日に見た、笑顔を。
「私には戦う事しか出来ない!あの人の帰る場所を護れるなら、死んだって構わない!」
「・・馬鹿、野郎っ!!」
そこにお前がいなきゃ、あいつも同じ道を辿るのが分からねぇのか!そう、口にする前にそれは起こった。
「!?」
「・・っ!」
遠距離からの爆撃。その一撃で、一瞬で多くの命が散った。
「っ、待て!ナマエ!!」
爆風で動けない土方を余所に、ナマエは上手くその間をぬって進んで行く。
「私が、護らなきゃ・・っ」
パァン、と渇いた音がした。
「っ、」
左腕を銃弾が掠る。この煙の向こうに銃を構えた兵士がいる。それを倒さなければ、多くの命が煙にまかれたまま消える。
「くそ・・!」
土方はそう呟いて煙に目を凝らす。次第にその土煙が晴れて、一つの影が浮かび上がった。
「!、あれは」
目の前には空を仰ぐナマエの後ろ姿。そして完全に晴れた視界の先に見えたのは、壊滅状態の銃撃部隊だった。
「お前は・・」
土方が言葉を紡ぐ途中で、ナマエが膝から崩れて落ちる。
「ナマエ・・!!」
駆け寄って肩を掴めば、至る所から血を流していた。
「くそっ!しっかりしろ!ナマエ!!」
土方は直ぐさま返事のないナマエを抱え屯所へと駆け込んだ。
「ナマエ、ちゃん・・っ」
「ナマエ・・!!」
そしてその姿を見た幹部たちは事の重大さに青ざめた。
「私、も まだ・・戦える」
うわ言の様に呟く言葉に土方は顔を顰める。やはりあの日感じた胸騒ぎは杞憂なんかじゃなかった。
朦朧としている意識の中でもその手にはまだ刀が握られている。
もっと、律するべきだった。もっと、もっと早く。
「おらどけ!」
「ナマエ!しっかりしろ!ナマエ!!」
運び込む新八と声を掛け続ける原田の姿に辺りは騒然とする。
「副長、ナマエは・・」
騒ぎを聞き付けた斎藤が土方の元へ駆け寄る。その顔には焦りが見えていた。
「急所を見事に避けてるがあれだけの数の銃撃部隊に突っ込んでったんだ。今辛うじて意識があるだけでも奇跡だろう」
「くっ・・俺も加勢していれば」
そう拳を握る斎藤に土方は組んだ腕を握る手に力を込めた。
「いや、俺が傍にいながらあいつの暴走を止められなかった」
「副長・・」
「これじゃ、総司に合わす顔がねぇな・・っ」
クシャッと短くなった自分の髪を鷲掴みにして俯く。
「土方さん!斎藤!」
「!」
立ち尽くす二人の元に原田が駆け寄る。
「今すぐ来てくれ」
二人顔を見合わせて駆け出した。そしてついた先はまさに血の海だった。
「・・っナマエちゃん!」
千鶴がナマエの手を掴みながら泣きじゃくっている。最悪の言葉が土方たちの頭を過ぎった。
「一通り処置は終わったが、見ての通りの出血だ。二、三日以内に目を覚まさなきゃ、恐らく」
蘭医である松本はそう言葉を濁した。
「ナマエちゃん!起きて!起きてよ!!」
「ナマエ!」
皆のナマエを呼ぶ声が木霊した。その中、土方は静かに口を開いた。
「島田、今すぐナマエの移送の仕度をしてくれ」
土方の言葉に皆が動きを止め、土方を見つめた。
「土方さん・・」
「こいつを目覚めさせる可能性があるとしたら、あいつしかいねぇだろ」
一か八かの賭けだ。最悪ここにいる誰にも看取られずに逝く事になる。だけど選択の余地はなかった。
「・・ナマエちゃん、もう直ぐ会えるよ。貴女の、会いたい人に」
千鶴の言葉に皆がギュッと拳を握った。奇跡が起こるようにと、祈りながら。