「わあ」

着替え終えたナマエを見て、千鶴が思わず声を上げた。

「すごく綺麗」
「千鶴も可愛い」

二人の着付けをした君菊はそんな二人を微笑ましそうに見つめる。

「新選組の土方さんの頼みでやらせてもらいましたけど、お二人ともどうです?うちで働きませんか」

それ位綺麗だと、お墨付きをもらい千鶴は頬を染めた。

「どうだ、・・っと」

部屋に入って来た土方は二人を見て思わず足踏みをした。

「思った以上に様になってんじゃねぇか」
「あ、土方さんズルい」

そんな土方の後ろから総司と斎藤が顔を出す。

「僕が一番に見る予定だったのに」
「総司、一番も二番も変わらんだ、ろ」

へえ、と声を漏らす総司と、目を瞬かせる斎藤。

「やっぱり似合うね、それ」
「ああ、・・いや、本当にナマエと千鶴か?」

そんな二人を凝視する斎藤の肩を総司は掴んで千鶴の前に差し出した。

「はい、はじめくんは千鶴ちゃん見てて」
「な!総司!」

途端真っ赤になる斎藤と千鶴にナマエは首を傾げる。

「君は、可愛いけど可愛くないね」

反応が、と言う総司にナマエは眉間に皺を寄せる。なんの事か、と。

「まぁ、君らしいけど」

総司の言葉にナマエの皺は深くなる一方だった。

「おら、時間だ」

土方の言葉に斎藤は部屋を出る。

「気を付けてね」
「何を」
「色々、だよ」

そんな意味深な笑みを浮かべて総司も部屋を後にした。

「周りは既に包囲してある、何かあればすぐに外に出ろ」

いいな、と言う土方の言葉にナマエと千鶴は頷いた。

そして薩長の藩士が十数名部屋へ案内され、ナマエと千鶴が新人として紹介される。

「宜しくお願い申し上げます」
「よ、よろしくお願いします」

丁寧に頭を下げ、二人は酒を注ぎ始めた。

「お若い様ですが、お一つ如何ですか」

少年の様な顔立ちの一人の横にナマエは腰を掛ける。

「僕はいらない」
「そうですか」

ナマエは普段見せない様な柔らかい笑みを浮かべて笑う。

「お名前は」
「南雲、薫」

それに対しナマエは可愛らしいお名前だと微笑む。

(名前と顔に似つかない血生臭さ)

そう心で呟きながら。

「総司」

隣の部屋、と言ってもナマエ達のいる部屋と襖一枚のその部屋で囁く様に斎藤が総司を呼んだ。

「なーに、はじめくん。君は反対の部屋でしょ」

斎藤の顔を見ずに総司はそう呟く。そんな総司に斎藤は一つため息を零して僅かに開かれた襖を閉めた。

「あ」
「任務中だぞ」

見上げれば呆れた様な斎藤の顔があって、総司はやだな、と呟く。

「奴らが動いたらすぐ行ける様に見張ってるだけじゃない」
「総司」

念を押す様に言う斎藤に、総司は諦めた様に壁に背を預けた。

「はいはい、分かりましたよ」
「もう少し、ナマエを信用したらどうだ」

その言葉に総司は思わず鋭い視線を斎藤に送った。

「信用?最近まで監視してた人からそんな台詞が聞けるとはね」
「監視をしていたからこそだ」

総司の喧嘩越しの口調も気にせずに斎藤はそう言う。

「それは一番近くにいたお前がよく分かっていると思うが」
「・・・」

そんな事言われなくても分かってる、喉元まで出かけた言葉だった。

「とにかく、合図があるまで動くな」
「分かってるってば」

総司の返事を聞き届け、斎藤は部屋を後にする。

「だから、心配なんだよ」

暗闇の部屋で総司のそんな声が溢れる。

潜入、それは新選組にナマエが間者として来た様に、ナマエが打って付けなのは分かっていた。

だがそれが問題だった。ナマエは潜入で言ったら右に出るものはいないだろう。何故か、自我が薄いからだ。

『酌をして舞をして、夜伽をすればいいんでしょ』

この言葉が裏付けている。恐らく彼女は今舞妓だ。身も心も全て。だからこそ普段見せない笑みを平気で浮かべ、男たちと雑談している。

それこそ任務であれば平気で夜伽をしてしまいそうな危うさがあった。

信用している。だがそれは新選組組長と言う立場だけで言ったものだ。

「だから反対したんだよ」

だがその真意を当の本人が分かっていない。それが歯がゆくて仕方なかった。

「耐えられるかな、僕」

隣から聞こえる華やかで優しい声。それはいつも隣から聞こえる愛おしい声とは少し違う。それでもそれが自分に向けられたものでない事が苦しくて仕方なくて、幾ら男たちが騒いでいようともその声は総司の耳に響いていた。





「ふふ、でも今京は物騒ですねぇ」
「時期幕府は倒れる、その前哨戦の様なものだろう」
「へぇ、」

隣の長州の男の言葉にナマエは僅かに目を開く。

「恐ろしくて敵いませんね」
「そん時は俺が護ってやるよ、この長州藩士様がな」

そう言って男はナマエの肩を掴み高らかに笑う。

「それはお頼もしい」

そう言って笑うナマエを千鶴は少し離れた所から見つめる。あれは、本当にナマエなのか、と。

「お嬢ちゃん、酌頼むぜ」
「あ、はい!」
「ちょっとおっさん、酒くらい自分で注ぎなよ」

ふと、先ほどの南雲薫と言う少年が千鶴の前に立った。

「こっち、」

そのまま薫は千鶴の手を引いて窓際へと座る。その様子をナマエは横目で見つめた。

「あ、あのお酌は」
「いらないよ、千鶴」
「!」

薫の言葉に反応したのはナマエだけだった。

「あ、はい」

千鶴は何事もなかったかの様に薫と雑談を始める。ナマエは僅かに冷や汗をかいた。

(罠、か)

ナマエ、千鶴共々、どこで漏れているか分からない為、紹介の際本名は避けた。

それをあの薫と言う少年は知っていた。それも自分がそれを言った事に気付いてない様だった。

最初に話した時に感じた血生臭さと言い、彼はただの薩長の藩士、と言う訳ではなさそうだった。

「なあ、新選組にナマエって男がいるらしいな」

会合、と言っても飲んでばかりの男たちに確信めいたものを感じ始めたころ、ナマエの横の男がそう言ってナマエの肩を抱いた。

「はて、そんな方いらっしゃるんですか」

詳しくないので、と付け加えるナマエに男は笑みを浮かべる。

「ああ、この前そいつに大勢がやられた」
「それは、お気の毒に」

ナマエは尚も平然とし、男に酌をする。

「お前たちをダシにすりゃ、その男も出てくるかもな」
「・・何の事です」

その男がナマエの腰に手を回し、耳元まで顔を寄せた。その時だった。

「残念、限界だよ」
「!」

背後の襖が開き、男からは血飛沫が舞った。

「千鶴!」

その瞬間ナマエは駆け出し、窓際に座った千鶴の手を取った。

「!」
「お前たちに、千鶴は渡さないよ」

だが反対の手を薫が掴む。

「っ痛!」

それは千鶴の腕が音を立てるほど強く、千鶴は顔を歪めた。

「離しなよ!」

だが総司が薫の腕に刀を降り下げ、その手が離れる。

「チッ、」

薫の舌打ちが聞こえて、三人で窓際へと固まる。男たちが刀を抜き、ジリジリと三人に迫った。

「ほら、その子を渡して早く死になよ」

薫がその中で声を上げる。

「あーあ、どうするナマエちゃん」

二人を庇う様に立つ総司は笑って背後にいるナマエにそう言った。

「なんで出て来たの」
「んー、我慢の限界ってやつ」

そんな総司の言葉にナマエは眉間に皺を寄せる。

「千鶴!ナマエ!」
「!」

外から呼ぶ声がして、二人は外を見下ろした。

「土方さん!」
「くそ、やっぱり罠か」

二人の状況を見て土方が刀に手を掛ける。

「今援護を」
「副長!」

「え、」
「なっ!?」

ナマエがそう叫んだ途端、千鶴が宙を舞った。

「っつ、てめ!ナマエ!あぶねぇだろ!」

辛うじて千鶴を受け止めた土方は叫び、千鶴は失神寸前だった。

「千鶴を連れて逃げて!」
「!」

その言葉に千鶴が眉を顰め、その反応とナマエの切羽詰まった声に土方は千鶴の肩をギュッと抱いた。

「すぐ戻る!」

そして土方は駆けて行った。それを見て薫とその他数名が新選組の副長を追った。

「で、目的はなに?」

罠だったとはっきりした事に、総司が前に立つ男に問い掛ける。

「新選組のナマエとかって言ってたけど」

総司のその言葉に男はフッと笑う。

「そいつに随分世話になったみたいだし、オマケに新選組にいるとなりゃ好都合だって事だ」

敵討ちついでに新選組を潰してしまおう、と言う魂胆を語る男に総司は笑う。

「彼ら、君に用があるみたいだよ、ナマエちゃん」

総司の言葉に男たちは首を傾げる。

「そう」
「まさか!」

背後からの返答に男は思わず目を見開いた。

「あいつらに敵討ちをしてくれる奴らがいるとはね」

笑える。と言うナマエに一人が斬りかかる。

「なんか僕、お姫様を護る正義の味方みたいじゃない」

軽々と斬り伏せる総司は柄じゃないのに、と言って笑った。

「今日は大人しく護られててよ、お姫様」

だがその言葉の直後、総司の横を苦無が通り過ぎる。それは男たちの頭に刺さり、三人が一気に倒れた。

「本当、言う事聞かないお姫様だね」
「今更」

それを見て藩士の一人が声を荒げる。

「こんなもん使って、貴様は本当に武士か!」

その言葉にナマエは思わず笑った。

「あは、あはは!」
「あーあ、壊れちゃったよ」

声を上げて笑うナマエにその場は静まり返り、総司は刀を構えたまま呟く。

「私は確かに武士じゃない」

元、殺し屋。それはどこぞの鬼にも言った言葉だ。そんなナマエの言葉に総司は思う、初耳だと。

「でもお前たちの武士は身分があって刀を構えれば武士だろ」
「なっ・・!」
「そんなもの、私はなりたくもない」

ナマエの言葉に男たちは顔を赤くして刀を持つ手を震わせている。

「武士ってのは、生まれでも刀を綺麗に構える事でもないんだよ」

それは、ナマエが新選組に来て初めて本当の意味を知った言葉でもあった。

「私は、本当の武士を知ってる」
「!」

ふとナマエがそう言って総司の背中に手を当て、コツンと額を当てた。

「一つの信念持って、それで命が尽きようとも、自分の護りたいものを護る。そんな人たちを、私は知ってる」
「・・・」
「だから私は、その人たちの道を少しでも斬り開きたい」

彼らが、貴方が・・自分の道を貫ける様に。

「私は武士じゃないけど、」
「君は武士だよ」
「!」

ナマエの言葉に総司は呟く。ナマエが顔を上げれば、優しく微笑む顔が目に入った。

「僕は土方さんとかみたいに、武士だのなんだの堅っ苦しいのはあまり好きじゃないけど」

でも、そう言って総司はナマエの道を開く。

「君が開く道に行く事で武士になるなら、僕もそれになりたい」
「組長・・」
「そう思わせられる君は、もう立派な武士だよ」

総司の言葉にナマエはフッと笑う。そして胸元から両手いっぱいの苦無を取り出し、総司と背中を合わせた。

「君、用意よすぎ」
「元、殺し屋だから」

だから、初耳だって。そう言って総司は笑う。

「馬鹿にしやがって!」
「お前たちみたいな奴の台詞は聞き飽きた」

そんなナマエのため息混じりの言葉を皮切りに室内での乱闘が始まった。