「潜入調査?」

総司が繰り返した言葉に土方は頷く。

朝一番の幹部が揃っての会議。土方は薩長の動向を説明した。監察である山崎の情報によれば薩長が再び京の都で会合を開くと言う情報を手に入れた。

が、何を企んでいるのか、今後どういった動きを進めて行くのか不明な為、情報収集も兼ねてその会合への潜入を提案した。

「それはいいですけど、どうやって潜入するつもりです?」

総司の言葉に土方が珍しく言葉を飲み込む。それに皆は僅かに疑問を覚える。

確かに新選組組長クラスになればある程度顔も名前も知られている。会合となれば密室。そこに潜入するのは容易くない。

だが、土方の言葉を詰まらせた理由はその場所にあった。

「・・潜入先は、島原だ」

言いにくそうに言う土方の言葉に皆が驚き、総司は僅かに殺気を放ちながら微笑んだ。

「やだなぁ、土方さん」

総司は口角は上がっているが目が笑っていない。そんな総司の反応を土方は分かっていたかの様で

「それは、ナマエちゃんに行けって言ってる様なものじゃないですか」
「・・・」

総司の言葉に土方は思わず溜息を吐く。

「まぁでも、島原に潜入って事は花魁だろ」

土方の心を代弁する様に原田が口を開く。

「流石に俺らじゃ、なぁ」
「馬鹿!やめろ左之!気持ちわりぃ!」

横目で見る原田に新八が思わず声を上げる。

「はじめくんや土方さんも顔は良くても流石にキツイよなー」
「君がやりなよ、平助」
「俺ぇ!?」

総司の言葉に平助は折れそうな位首を横に振っている。

「私は別に、」
「君は黙ってなよ」
「んぐっ」

言葉を総司の手のひらで遮られて、ナマエからは思わず変な声が出た。

手を押しのけてやろうかとも思ったが、不機嫌そうな総司の雰囲気にそのまま黙っている事にした。

何故なら彼女はどうして総司が土方の意向に反対しているのか分からなかったからだ。

「だったら僕がやりますよ」
「総司、お前なぁ」

呆れた様に左原田が頭を抱える。皆土方の考えも、そして総司の考えも理解出来なくなかった。

だがその為に話し合いは平行線を辿った。

「・・私が行きます」

しびれを切らしたナマエが総司の手を退けてそう言う。総司は目を見開いて、笑っていない笑顔でナマエを見る。

「君、島原への潜入がどういう事か分かってる訳?」

刺々しい総司の視線と言葉がナマエに向けられた。だがナマエは気にも止めずに口を開く。

「酌をして舞を踊って、夜伽をすればいいんでしょ」
「なっ!?」

ナマエの言葉に総司は盛大に溜息をついて皆が後ずさる。土方は飲みかけたお茶を盛大に吹いた。

「ば、か野郎!!そこまでしなくていい!!」
「?」

思わず立ち上がって言う土方にナマエは首を傾げる。何故自分は怒られたのか、と。

「ほらね、彼女は潜入に向きませんよ」

総司の言葉にナマエはキッと視線を向ける。その目は何故か、と問うてる様で。

「私が行きます」
「ダメだって言ってるでしょ」

二人の言い合いを皆は静観した。二人が刀を抜かない事を願って。

「じゃあ誰が行くの」
「だから僕が」
「気持ち悪い」
「・・君、ちょっとひどくない?」

奇跡的に総司の心がかすり傷を負った事によって、その言い合いは途切れた。

「私が部屋に入れれば僅かな声も聞き取れる。情報収集が目的なら奴らの同じ部屋に入れる方がいいに決まってる」
「まぁ確かになー」

ナマエの言葉に平助は頷く。すると総司の鋭い視線が飛んで、平助は左之の背後に身を隠した。

「お前がそう言ってくれるのは有り難い。だがこの潜入捜査には問題がもう一つある」

土方の言葉に皆が視線を向ける。

「彼らの会合の間隔が非常に短い事です」

土方の言葉に続いて山南が口を開く。

「池田屋の件に加え、ナマエくんの件が立て続けに起こった。薩長はそれなりの被害を被ったはずです」

なのにわざわざその新選組が配備されている京で会合を開く意味。それが一番問題だった。

「つまり、この会合が我々を誘き寄せる罠の可能性もある、と言う事です」
「関係ありません」

山南の言葉に皆が言葉を発する前にナマエが口を開いた。

「私がやります」
「・・・」

真っ直ぐに見据えるナマエに、皆はそれ以上何も言わなかった。ただその横顔を、総司はじっと見つめていた。

「すまねぇな、ナマエ」

男所帯な為、こうならざる得ない事を土方は分かっていた。

「会合が開かれる部屋の両隣、あと何部屋か空けとく様手配はしてある」
「仕事が早いですね、土方さん」

まるでこうなる事が分かってたみたい、と総司は静かに呟く。そんな総司を気にせず土方は言う。

「まぁ、少し伝があってな」
「島原に伝、ねぇ」

意味深な言い方に総司が呟く。

「配置だが」
「僕、隣の部屋で」

間髪入れずに言う総司に土方は溜息を吐く。

「お前は留守番だ」
「な、に言ってるのか、僕には分からないんですけど」

総司は苦虫をすり潰した様な顔で土方を見つめる。そんな総司をナマエは横目で見つめていた。

「お前は体調を整えてから言え」
「・・っそんなの」

出来るならやっている。総司の心の声がナマエには聞こえた気がした。

「副長、」
「なんだ」

静かに呼ぶナマエに土方は視線をナマエに移す。

「私からもお願いします」
「!」

ナマエの言葉に俯いていた総司が顔を上げた。

「情報収集だけなら何事もなく終わる可能性もある」
「話し聞いてなかったのか、罠の可能性だってあんだよ」

土方の言葉にナマエは一つ頷く。

「その時は、組長の手を借りず私が殺ります」

総司はあくまで非常事態の為に、とナマエは言う。

「じゃないと勝手な事しそうなんで、この人」

ナマエの言葉に土方は我慢出来ずに頭を掻き毟る。

「仕方ねぇな、」
「ありがとうございます」

ため息を吐きながら言う土方にナマエは頭を下げた。

そして会合が行われる部屋にはナマエ。両隣には総司と斎藤。そしてその他の部屋に平助、新八、外に土方、山南、左之が待機する形となった。

「だがナマエくん一人に複数を相手出来るだろうか」

ふと今まで黙っていた近藤が口を開く。その言葉に皆は確かに、と頷く。

情報収集と言えど複数の男に酌をし、話しを聞かなければ意味がない。それが忙しなくなってしまえば情報収集所ではなくなる。

「あの、私も行きます」
「!」

ふと隅の方に座っていた千鶴が控え目に手を上げた。

「私にもやらせて下さい」

皆の役に立ちたいのだと、千鶴は珍しく声を上げた。

「どうする、近藤さん」

決め兼ねた土方が近藤に目配せをする。それに対し近藤はうーん、と唸り声を上げた。

「駄目だと言える状況じゃないよな」
「じゃあ!」

渋々言う近藤に千鶴は目を輝かせた。

「ああ、君にもお願いする」
「ありがとうございます!」

そして新たに会合の部屋に千鶴が加わった。

決行は明日。
皆が散らばる中、総司はしばらくそこに座り尽くしていた。

「組長、」

皆がいなくなり、二人だけになった部屋でナマエが声を掛ける。

「あは、情けないよね」

俯いたままそう言う総司の言葉をナマエは黙って聞いていた。

「土方さんの言葉に言い返せないなんて、初めてだよ」

ポツリポツリと言葉を落とす総司。その一言一言が苦しげて、辛そうだった。

「僕はまだ、戦える」
「うん」

分かってる、そう言ってナマエは総司の正面に座って握り締められた拳に手を置いた。

「皆、分かってるよ」
「・・っ」

空いてる手で総司の髪を撫でれば、ギュッとナマエの手が握り返された。

「本当 ずるいよ、君は」

誰にも見せなかった弱い部分を見られて、それでもそれが嫌じゃないと思うなんて。

「組長ほどじゃない」
「あは、そうかもね」

顔を上げて、総司は笑った。それにナマエも微笑み返す。

「じゃあ明日は君の花魁姿を楽しみにするとしようか」
「は?」

首を傾げるナマエに総司はクスクスと笑う。

「好きな子の可愛い姿、楽しみにしない男はいないでしょ」
「変なの」

君がね、なんて返しにナマエは眉を寄せる。

「さ、行こうか」

立ち上がって差し出された手をナマエは見つめる。

「ほら、」

差し出された手をどうしたらいいのか分からないナマエの手を掴んで、総司は引き寄せた。

「!」

途端総司の腕に包まれて、ナマエは驚く。

「・・ありがと」

耳に微かに聞こえた声に、ナマエは笑みを零した。