「ナマエくん、」
「!」

皆で総司をからかっていると山南が何かを持ってナマエの前へとやって来た。

「これを」

そう言って差し出される浅葱色の羽織と小さな紙切れ。

「任務に行くのにこれを忘れるなんて、思っていたよりお茶目なんですね貴女は」
「山南さん・・っ」

羽織を置いて行った事。それは別れを意味していたから。決してうっかり忘れたのではない。だけど山南はあえてそう言って笑った。

「もう少し副組長としての自覚を持って下さい」
「はいっ・・」

手渡されたそれを両手で受け取り、顔を埋めた。

「どうしたの」

その後、総司とナマエは総司の部屋の前でいつかと同じ様に月を見上げていた。

自分の手のひらを見つめたままの横顔に総司が問い掛ける。

「生きてる」
「そうだね」

不思議な感覚だった。もう終わりだと思ったのに、生きている上にまだここ、新選組にいられる。

皆が自分のことの様に喜んでくれた。しゃべれる事も、女だと言う事も黙ってたのに。それを知って尚、変わらずに皆は笑ってくれた。自分を、受け入れてくれた。

その事が未だに信じられなかった。上辺だけとはいい長州のまわし者。何故生き永らえたのか、分からなかった。

「!」

その手に総司の手が重なって、二人の間でギュッと結ばれた。

「いいじゃない、細かい事はさ」

月を見上げながら言う総司の横顔を見つめる。静かな夜だ。優しく少しだけ冷たい風が二人の髪を靡かせる。

「君が僕の隣にいるなら、それでいいよ」
「・・変なの」
「そんな事ないよ」

月から視線を変えて二人の瞳がぶつかる。

「これは、監視?」

繋がれた手を見てナマエは少し声を落として言う。やはり気になってたか、と総司は苦笑いをこぼす。

「そうだね、君にだけの特別な監視方法」

そんな総司の言葉にナマエは首を傾げる。

「君がどこかへ行かない様に、ね」

フッと笑う総司の手をナマエはギュッと握り返す。

「もう行かない」

行く場所なんてない、ナマエはそう言って空を見上げた。

「でもそれでいい」
「そうだね」

ナマエの横顔が少し微笑んでいて、総司は胸を撫で下ろす。

「なんで、分かったの」

ふとナマエが呟く。何に対して言っているのか分からず総司はナマエの次の言葉を待った。

「私があいつらを殺しに行くって」

羽織も置いていった。単純に裏切って元の場所に帰った、とも考えられたはずだ。

その場合あの場所へ一人で来た総司は間違いなく殺されてしまっていた訳で、ナマエは不安気な視線を総司に送った。

それはもしかしたらあの場で総司を失っていたかも知れないと言う恐怖からだった。

「分からなかったよ」

総司の淡々とした口調にナマエは眉間にシワを寄せた。

「最近君は会いに来てくれなかったし、土方さん達も逐一報告に来てくれた訳じゃないしね」

ならどうして、とナマエは尋ねる。

「気付いたら君を追い掛けてた」
「!」
「ただ、それだけだよ」

総司の言葉にナマエは顔を顰める。そんな曖昧なもので自分の命を投げ出したのかとナマエは憤る。

「死んでたかも知れない」
「あは、確かに」

総司は今更ながらにそう笑う。そしてでも、と言葉を続けた。

「君は、もう身も心も新選組だった。そうでしょ」
「まさか」

長州の男に覚悟は出来ているのかと問われた時彼女は答えた。当たり前だと、そして続けた。

「私は新選組一番組副組長 ナマエだから」
「っ、」

聞かれていた。恥ずかしさに少し俯くナマエに総司は微笑む。

「思わず惚れ直したよ」

クスクス笑う総司は更にナマエの放った言葉を紡ごうとする。

「あとあれも良かったなー馬鹿なお前らには死んでもー」
「ちょ、やめ・・!」

ほっといたらあの時の台詞を全て言い兼ねない総司の口にナマエは手を伸ばす。

「あーあ、捕まっちゃった」
「・・私がな」

伸ばした腕をそのまま掴んで、総司は笑う。そんな総司をナマエは眉間にシワを寄せて見つめた。

「・・ん」

そんなナマエに総司は唇を寄せる。腕を掴んでいた手を解いてそのまま頬に触れた。

「・・っ」

キュッと胸が小さく音を立てる。ナマエは思う。この感情が愛おしさ、相手を好きと言う事なのだろう、と。

「!」

服を握るだけだった手を総司の背中に回した。総司が驚いて少しだけ唇を離す。

「君、どうしてそんな可愛いの」

身体を密着させたまま、総司はナマエの頬をなでながらそう言う。

「好き」
「っ、」

ナマエの短い一言に総司は思わず苦しそうに目を細めた。

「本当、敵わないなぁ」

君に触れるまで、こんなにも胸が苦しくなるなんて、思いもしなかった。

自分には似合わない感情だって分かってる。でももう、止められそうにない。

「覚悟してよね、副組長」
「仕方ないからその命令、聞いてあげる」

ナマエの言葉に「言うね、」と返してふたたび長い口づけをした。