「ふあ、」

大きな欠伸を一つして部屋の襖を開ける。もう日は完全に登り、朝の空気は消えかけていた。

「うるさいなぁ、」

本堂の方が騒がしくて眉間にしわを寄せた。

「ようやく起きたのか、総司」
「あれ、はじめくんじゃない」

ふと聞こえた声の方を向けば、呆れ顔で一つため息を吐く。そんな彼におはよう、とにこやかに挨拶をしても、彼からはため息しか出てこない。

「もう昼間際だ。それに、今日は」
「ああ、新入隊士たちが集まる日だね」

だからこんなに煩いのか、と心で納得する。そんな総司の言葉に斎藤は言葉を遮られた事は気にも止めずにああ、と返事をした。

「もう既に土方さんや近藤さんが割り振りをしている。お前も早く顔を出すんだな」
「えー」

斎藤の言葉に総司は明らさまに不満の声を上げた。

「どーでもいいよ、そんなの」

どんな隊士が下につこうが正直邪魔なだけ。目の前の敵を斬るのに仲間だ部下だなんてものは必要ないと彼は思う。

「総司、」
「あーはいはい、ちゃんと行くから大丈夫だよ」

後で土方さんの説教を食らうのはごめんだからね、総司はそう言って斎藤の言葉を打ち切って背を向ける。

新選組、彼らの組織名だ。会津藩の正式な預かりとなってその規模は日に日に増えていく。最早顔と名前を一致させるのは困難だった。

「やっぱり、僕が来なくても平気じゃない」

本堂に辿り着いた総司は開口一番そう呟いた。隊士たちはこぞって頭を下げ挨拶する。

「はい、おはよう」

一番組組長、彼、沖田総司の名だ。そう、要は彼の目の前にいる人々はすべて彼の部下になる。

そして挨拶をする総司の元へ、一人の隊士がつかつかと歩み寄った。

「ああ、君もおはよう。ナマエ"ちゃん"」

そんな彼の言葉と態度に、その隊士は眉間にシワを寄せた。

「"遅い、組長だろ。それにちゃん付けはやめろ"」

言葉で発する代わりにナマエは画用紙に筆を走らせる。その言葉を見て総司はナマエの頭に掌を乗せた。

「一応上司なんだけどな、僕」

あはは、相変わらず笑う総司の手を払いのけ、ナマエは更に筆を走らせる。

「"上司らしい行動してから言え"」
「はあ、ナマエちゃんもはじめくんみたいになって来たなぁ」

そんなナマエの態度に総司は深いため息を吐いた。

そんな二人のやり取りに隊士たちは騒めく。当然だろう。ナマエは男にしては小柄で見た目は少年。それが隊長ともあろう人に文句を垂れているのだから。

そして一人の隊士が声を上げる、そいつは何者なのか、と。それにああ、と答えたのは総司だった。

「彼はナマエ。一番組 副組長だよ」

あと一応男の子、とナマエの肩を抱いて総司はニコッと笑う。

「"触るな"」
「ひどいな、ナマエちゃんは」

それを聞いて更に隊士は騒つく。粗方予想は出来ていた。総司もナマエも。

自分より弱い奴の下にはつきたくない。それは刀を持つ者だけではなく、組織に準ずるもの全てが思う当然の心理だろう。

「!」

総司は抱いていたナマエの肩そのまま前へ突き出し、僅かに背筋の凍る笑みを隊士たちに向けた。

「じゃあ誰か、この子やっつけてよ」

総司の言葉にナマエは小さくため息を吐く。それも予想はしていたがいざやるとなると正直面倒だ。

そしてそれを楽しそうに見物する総司の顔が安易に想像出来て余計腹が立つ。

「勝てたら、代わりに副組長だよ」

その言葉に次から次へと隊士が手を挙げていく。

「さ、早い者勝ちだよ!」

もう既に楽しそうな総司にナマエは視線を送る。

「なーに、ナマエちゃん。あ、これ組長命令だから」

強調して言う総司にナマエは一言だけ紙に書いた。

「"死ね"」
「あはは、死ぬのは君かもね」

そう言い残して総司は少し後ろに下がっていく。ナマエも諦めた様に刀に手を掛けた。

そしてカチン、と刀が鞘に収まる音がするのに然程時間は掛からなかった。

「これからも宜しくね、副組長」

ポンっと肩を叩く総司に鋭い視線を送るナマエ。目の前には項垂れる何十人もの隊士たち。

「"いつか殺す"」
「じゃあ僕も楽しみにしてるよ、君を殺せるのを」

ふふ、と笑う総司にナマエは踵を返してしまう。

「あ、ちょっとナマエちゃーん、この人たちどうするの」

去ろうとする背中に総司はそう声を掛け、ナマエは僅かに振り返り画用紙を向けた。

「"そんくらい仕事して下さい。組長"」

わざとらしく書かれたその文字に総司はため息を吐いた。

「結局土方さんに怒られるんじゃない、僕」

傷だらけになった隊士たちを見てちょっとやり過ぎだよ、と心でぼやいた。

「でも、また腕を上げたね」

見えなくなった背中にそう呟く。その口元は、笑っていた。