屯所にて、千鶴は源さんと二人部屋で皆の帰りを待っていた。

「!」

そして開かれた扉。血の付いた羽織を靡かせて皆がぞろぞろと部屋へ入る。

そして最後、総司に連れられてナマエが現れる。

「ナマエさ、!」

その姿を見て安堵したのも束の間、ナマエは後ろ手に拘束され、皆の前で座らされた。

「ナマエ、今回の単独行動、及び薩長との接点、関係性に何か弁解はあるか」

土方の言葉にナマエは姿勢を正したまま何も言わない。

「黙秘は肯定と取り、斬首もありうる」
「そんな・・!」

土方の言葉に千鶴が声を上げる。それを左之が肩を抱いて止めた。

「僕がやりますよ」

そう言って総司がナマエの前へと歩み出る。

「部下の不始末は、上司がやらないとね」

真っ直ぐに見つめ合う二人。総司は躊躇うことなく刀を抜いた。

「君を傷付けていいのは、僕だけだしね」

総司のその言葉にナマエは僅かに笑みを浮かべた。それが、彼の自分に対する最後の慈悲だと思ったから。

(ありがとう、貴方に殺されるなら)

総司が背後に周る音がして、ナマエは目を閉じた。

「言い残す事もないな」

ピクリとも動かないナマエに、土方は僅かに顔を顰めた。

「・・やれ」
「嘘、やめて!沖田さん!やめて下さい!」

土方の言葉に千鶴が声を上げる。そんな声を聞いて、ナマエはフッと笑った。

「ありがとう、千鶴」

貴女ともっと、話しをしたかった。

言葉は届かず、千鶴の悲鳴に近い声が部屋に響いた。

「さよなら、ナマエちゃん」

背後で、刀を振り上げる音がした。彼の声を聞き終えてそっと目を伏せる。さよなら、そう心で呟いた時、渇いた音が沈黙した部屋に静かに響いた。

「・・・」

静まり返る部屋。まだ、生きてる。違和感を感じた手を前にやれば、切られたのはその手に合ったものだと知る。

「・・っ!!」

瞬間、ナマエは立ち上がって総司に掴み掛かった。

「なんで、殺さなかった・・!」

その言葉に一同が驚きの表情を見せる。総司一人を除いて。

「あんたに殺されるなら、私は・・っ!」

覚悟をした、それなのにまだここに生きている。どうしたらいいのか、もう分からなかった。

「知ってやがったな、総司」
「何の事です、土方さん」

崩れるように床に座り込んだナマエの肩に手を置いて総司は惚けるようにそう言った。そんな総司に土方は頭を抱える。

「ナマエ、」
「・・・」

土方に呼ばれてナマエはゆっくりと顔を上げ振り返る。その顔は涙で前も見えていない様だった。

「これに見覚えはあるか」
「それ、は」

土方の手の中にあるもの、それはナマエの持っていた紙切れに書かれた名簿だった。

「ここにある名前は全て新選組を狙う薩長の奴らの名前だった」

そして線で消された者、それはもう既にこの世にいない事を意味した。

「お前が巡察中に殺した奴の名前がここに載っていた」
「・・っ」
「残りは京をわざと歩いて接触してきた奴をその場で殺したな」

土方の言葉にナマエは目を見開く。何故そんなことまで分かったのか、と。

「お前には監視が付いていた。斎藤と、そして総司だ」
「!」

その名前にナマエは顔を上げる。聞けばあの酒場の特定も斎藤がつけていたからだった。応援を呼びに行く帰りに走って来た総司と鉢合わせ、総司が先に突入する形となった。それに反論する様に総司は土方に言葉を返す。

「でもそれ、最初と最近だけでしたよね」
「ああ、そうだ。お前が不用意に一人で抱え込み出した辺りからだ」

土方の言葉にナマエは何の事かと目を瞬かせる。

「お前はあろう事か名簿の残りの奴らの寝床に一人で突入して行った」
「ま、待って下さい副長!私は−−!」

立ち上がって土方に言葉を返した。だがそれは、背後からの大きな手の平に口を塞がれ叶わなかった。

「いくら奴らが新選組へ敵意を抱いていたとは言え、命令なしでの単独行動は局中法度に該当する」

口を塞ぐその腕に手を当てる。彼は何を言っているのか、ナマエには分からなかった。

「だが、お前の行動によって新選組は一寸の被害を出さずに事なきを得た」

そうだな、近藤さん、と土方は隣の局長である近藤に目配せをする。

「うむ。よって、ナマエくんの処罰は不問とする!」

そこでようやく総司がナマエの口元から手を離し、耳元で呟く。

「良かったね、ナマエちゃん」

わっ!と周りが騒ぎ出す。皆が一斉に駆け寄り、未だ放心状態のナマエに笑いかける。

「な、に・・どういう、事」
「ナマエさん!!」

そんなナマエに千鶴が駆け寄って抱き付いた。

「千鶴、」

そんな千鶴を抱きとめて名前を呼ぶ。すると千鶴は目に涙を浮かべて笑った。

「はい!ナマエちゃん!」
「!」

その呼び名にナマエは一瞬驚いて、そしてまた泣き出した。

「ったくてめえは、無理すんなって命令しただろ」
「副長・・っ」

囲まれるナマエの元へ土方も歩み寄り、そうナマエに声を掛ける。次こそは切腹だぞ、と念を押す土方にナマエは手で顔を覆った。

「本当、なんなの・・みんな、ばかだよ」

ナマエが途切れ途切れに言葉を紡ぐ。それを皆が微笑んで聞いていた。

「ばか・・っみんな、ぐす」

そして遂にうわあ、と大声で泣き出してしまった。

「ふくちょーの、ばかあ・・!」
「あーあ、ダメだよナマエちゃん、本当の事言っちゃ」
「なに!?総司てめえ!大体お前はなぁ!」

総司を追い掛ける土方をナマエを囲んで皆で見つめる。

「本当に・・っありがとう」

少し落ち着いたナマエが溢れる涙を拭いながらそう告げた。

「あ、言っておくけど」

ふと総司がナマエの肩を抱いて皆に宣言する。

「ナマエちゃんは僕のだから、手出さないでよね」

その瞬間斬るよ、と総司は笑いながら僅かに殺気を放ってそう言った。皆は一斉に驚いた顔をして、各々表情を崩した。

「な、お前は・・!」
「あはは!そうか!総司とナマエくんが!」

その言葉に土方は頭を抱え、近藤は嬉しそうに笑った。

「特にはじめくん、左之さん、あと土方さん」
「ば、馬鹿野郎!んな訳あるか!」
「そーだよ総司、土方さんは千鶴」
「平助ーー!!!」

突然出て来た自分の名前に千鶴は小さく声を上げた。皆が二人に注目する中で、その後ろで総司とナマエは顔を見合わせて笑う。

「!」

突然、ナマエが総司の胸倉を掴んで引き寄せ、耳元へ唇を寄せた。

「好きだよ、総司」

聞こえた声に総司は思わずナマエに抱き着き、肩に顔を埋めた。

「なにそれ、反則だよね」
「え、」
「どうしよう、可愛い過ぎ」

そんな二人に気付いた皆が二人を巻き込んでいく。

「なにイチャついてんだ総司!」
「うるさいよ新八さん、ほっといて」
「うわ!総司顔真っ赤!」
「あー!もううるさいな!」

新八と平助に弄られて総司は不貞腐れた顔をする。

「へぇお前もそんな顔するもんなんだな」
「土方さんだってナマエちゃんにお菓子あげてた時そんな顔してましたよ」
「なっ!お前、どこから覗いて・・!」

そんなやり取りの中心に自分がいて、どうしたらいいのか分からなかった。今日この時まで。

だけど、そんなの簡単だった。ただ笑っていればいい。皆と一緒に、心から。

この記憶はきっと消えない。

きっとこの先、どんな辛い事があっても。