「珍しいね君から来てくれるなんて」
「・・・」

ナマエは目の前で床に伏せる総司に眉を寄せる。しばらく見ないうちに彼はこんなにも弱々しくなってしまった。

「具合は」

布団の横に腰を下ろして、静かに問い掛ける。

「うん、今日はいいよ」

君が来てくれたからかな、なんて言葉にナマエは表情を硬くする。

「お粥、千鶴から」
「ああ、勿論君が食べさせてくれるんだよね」

上体を起こして総司は悪戯な笑みを浮かべる。

ナマエは少し悩んだ後、匙に少しのお粥を乗せて総司に差し出す。

「あーん、とか言ってくれないの?」
「・・・」

視線を逸らすナマエに総司は笑う。君らしいや、と。

「・・あーん」
「!」
「早く」

ナマエの言葉に驚きながらも、急かすナマエに総司は微笑んで口を開けた。

「うん、美味しい」
「良かった」

その言葉にナマエはホッと胸をなで下ろす。

「でもいつもと少し味が違う」
「!」

びくっとナマエの肩が揺れる。それを見て総司は口角を上げた。

「ねえ、なんでかなナマエ」
「・・っ」

膝に置いたナマエの手を握って総司が近付く。敢えてそう呼ぶ総司にナマエは視線を逸らしたまま言葉をゆっくり紡いだ。

「それ、は・・千鶴に教えてもらって、私が」
「ナマエが?」

楽しそうな総司とは対照的にナマエは視線を泳がせながら手のひらをギュッと握った。

「私が・・作った」

最後の方は掠れて聞こえなかったはずだ。だけど総司はニコニコとして、ふふ、と笑みをこぼした。

「すごく美味しいよ、ありがとう」
「・・別に」

そしてお粥を食べ終えて総司は丁寧に手を合わせた。

「ご馳走様」

そんな言葉にナマエは歯痒さから未だに総司の顔を見れずにいた。だけど喜んでもらえたのは素直に嬉しかった。

「ナマエ、」
「!」

ふと総司がナマエの頬を撫でる。思わず目が合って身体が強張った。

「今更緊張してるの?」

笑う総司にナマエは戸惑う。だっていつもはこちらが構える間も無く唇を奪われる。その予感さえ与えられないのに今はすっと見つめられている。

その視線に堪らなくなってナマエは顔を背ける。

「ダメだよ」
「っ、」

だが顎を掴まれてまた視線が戻る。灯篭の優しい光が彼の横顔を照らしていた。

「・・ん」

ようやく重なる唇にナマエは安堵する。絡まる指と頭に回された腕に捕まってその熱に身を委ねた。

「ずっと、君を待ってた」

僅かに離れた唇で総司はそう呟く。見つめた瞳は吸い込まれそうに真っ直ぐで瞬きを忘れた。

「ずっと、ずっと」
「んっ」

言葉の間に一つ、また一つと口づけを落としていく。

「ナマエは、僕を寂しさで殺す気なの?」

ギュッと抱きしめられてナマエは思わず顔を顰めた。総司の肩に顔を埋めて、ギュッと服を掴む。

「冗談だよ」

身体を少し離してまた口づけが降り注ぐ。

「ナマエ、」
「・・はあっ」

深くなる口づけにナマエが酸素を求めて口を開く。

「んんっ」

だが塞がれた唇に思わず目を細める。そんなナマエを見て総司はふっと笑う。

「可愛い」

音を立てて耳元で囁く。身体の力が抜けたナマエを支えながら総司は首筋に唇を這わせ、袴の帯を解いていく。

「っ!」

ナマエの素肌に総司の手が伝って思わず身体が揺れた。硬く目を瞑るナマエの耳元に口づけて、再び唇を塞ぐ。

「好きだよ、ナマエ。だから」
「んっ」
「!」

総司の言葉を遮ってナマエが総司の頬を寄せて唇を重ねた。それに総司は驚き、それでも愛おしそうに微笑んでそれを受け止めた。





「−−・・ん」


いつの間にか眠ってしまったみたいだった。辺りが暗い所を見るとそれ程時間は経っていない。

ぼやける視界の中、それでもようやくナマエを見つけた。布団の横に座り、総司の手を撫でた。

そしてゆっくりと立ち上がる。それと同じ様に総司は上体を起こした。

「帰っちゃうの」
「!」

襖を開けたナマエは思わず肩を揺らした。総司が起きてるとは思わなかったのだ。

「ねえ、」

何も言わずに見つめるナマエの表情に総司は胸騒ぎを覚えた。

「ナマエ、」

思わず手を伸ばす。背中に映る月に照らされて、今にも彼女が消えてしまいそうな錯覚を起こした。

「ありがとう、総司」
「!」

そう言ってナマエは優しく微笑んだ。まるで、最期の言葉の様に呟いて。

「ナマエ!待っ、!」

途端、胸から湧き上がる嫌悪感。そんな苦しさに思わず伸ばした手が床に着いた。

「ゴホッ!!ゴホッ!!」
「・・っ」

そんな総司に後ろ髪を引かれながらもナマエは部屋を飛び出した。

「くっ、そ・・!」

言う事を聞かない身体に苛立ちを露わにする。咳が治まったのはそれからしばらくしてからだった。

「ナマエ・・!」

総司は駆け出す。例え口に血の味が染みていようと関係なかった。

「!」

駆け込んだナマエの自室。そこは生活感を感じない程整頓され、部屋の中心には丁寧に折られた羽織、そして

「くそっ・・」

"ありがとう"と書かれた一枚の紙切れが置かれていた。

『好きだよ、ナマエ。だから』

さっき言おうとして、だけどナマエに唇塞がれて言えなかった言葉。

「なんで君は」

丁寧に書かれた文字を見つめて、思わず指先に力が入った。彼女は分かったのかも知れない。あの言葉の続きを。


−−ずっと、ここにいて。


きっとそれが叶わない事を、彼女は分かっていたんだ。