「ナマエ!」

新選組お抱えの蘭方医である松本良順の治療を終え、ナマエが皆がいる部屋へと顔を出すと揃って声を掛けた。

「お前大丈夫かよ!」
「"問題ない"」

平助の言葉にナマエは言葉少なく返事をする。

「動ける様なら大丈夫だな」

土方の言葉にナマエは頷いて用意されていた総司の隣へ腰掛ける。

「しかし、沖田くん藤堂くんナマエくんまでに怪我をさせたその鬼の一族とやらは気になりますね」
「次会ったら、必ず斬りますよ」

山南の言葉に総司は苛立った様にそう呟く。その空気はナマエからも発せられていた。

「まぁ二人ともそうピリピリすんじゃねぇ、今回の件は大した怪我がなかっただけ良しとしろ」

ナマエはやはり脳震盪を起こしていた。その状態で動いたが為に倒れたのだった。左腕は重度の打撲。腫れ上がってはいるが折れてはいないとの判断だった。

二階で別れた平助も違う鬼の一族と名乗る者と出くわし額に傷を負った。

ナマエはちらりと横の総司を見る。あの血を吐くまでの咳の仕方。ただの風邪、とは直接その様子を見たナマエには思えなかった。

「なーに、僕の心配より自分の心配しなよ」

ナマエの視線に気付いた総司がそう呟く。それに言葉を返さずにナマエはギュッと自分の袴を握った。

「本当、面倒なくらい真面目だよね。君って」

そんなナマエに総司はため息をつく。

だが新選組的には大金星に近かった。この池田屋事件と呼ばれたものは、後の維新を二年も三年も遅らせる形になり、幕府からの恩恵含め、各地から入隊希望者が続出した。

「皆、昨晩はご苦労だった。傷を抱えた奴は癒す事に専念しろ、いいな」

土方の言葉に平助は頷いたが、肝心の総司とナマエが頷かない事に土方は心中ため息をつく。

(ったく、どこまで似た者同士なんだ)

思わずそう呟きそうになったが、そのまま皆を解散させた。

「どこ行く気?」
「・・・」

隊服を身に付け、外へ出ようとしていたナマエを総司は呼び止める。

「土方さんに言われたのもう忘れちゃったのかな」

思ったよりバカなんだね、君。とナマエの背中に投げかける。そんな総司の言葉にナマエは鋭い目付きで振り返った。

「組長こそ」
「やだな、僕のなんて怪我に入らないよ」
「でも病人でしょ」

同じく隊服を身に付けた総司にナマエは短い言葉を返した。その瞬間ピシッ、と、その場の空気が張り詰める音がした。

「いいから寝てなよ怪我人」
「こっちのセリフだよ病人」

互いに見つめ合ったまま一歩も引かない。

「やる気?そんな身体で?」
「組長こそ」
「いいね、調度誰かを斬りたい気分だったんだよ」

そう言って二人は刀に手を掛け、ゆっくりと歩き出す。

「最悪な事に・・僕も同じだ!」

その言葉を発した時には二人とも走り出していた。鋭く高い音が二人の間で鳴り、その狭間で二人は目を合わせる。

「本当、言う事聞かない部下だよね・・!」
「仕事しない上司に言われたくない・・!」

キン!っと再び高い音が鳴って刀を弾き後ずさる二人。お互い苛立っていた。何より、お互いを守れなかった事に。

己の非力さを痛感して、無力さを突き付けられ、これまで持ち合わせていたものを全て打ち砕かれた気がして、この当てようのない苛立ちをお互いにぶつけた。

それが間違いだなんて事は分かっていた。でもぶつけられる相手がお互いしかいないのも、二人はわかっていた。だからただその感情に任せて剣を振った。

「はあ、はぁ」
「はあ、っ、」

二人が肩で息をする。その構えは流派もなにもない。ただ乱暴に力と技術をぶつけ合う喧嘩の様だった。

「おら!そこまでだ馬鹿野郎ども!」
「「 ! 」」

再び駆け出そうとした矢先、そんな二人を一喝する声が聞こえて二人は動きを止めた。

「なんですか、土方さん」

邪魔しないで下さいよ、と総司は声の主である土方を睨み付ける。

「もう憂さ晴らしも済んだだろ。その辺にしておけ」

よく見ると土方の背後の隊舎の中からは幹部が揃ってこちらの様子を伺っていた。

要は一部始終を見られていた事になる。そんな事にも気付かずに無心で打ち合っていた事にナマエは僅かに驚いていた。

手にも首元にも汗が滲んでいる。先ほどまでの苛立ちは、もうそれほど感じなかった。

「はいはい、分かりましたよ」

じゃなきゃ私闘で切腹とか言われそうだしね、と呟き総司は刀を収める。それに続いてナマエも刀を収め、土方に頭を下げた。

「ったく、世話焼かせんな」
「焼いてくれなんて頼んでないですよ、土方さん」
「焼きたくて焼いてんじゃねえ、誰も止められねぇから呼ばれたこっちの身にもなれ馬鹿野郎」

よく見れば皆心配そうにこちらを見ている。

「分かりましたって!さあ行くよナマエちゃん、汗かいたから一緒にお風呂入ろうよ」
「" 絶 対 無 理 "」

紙にはみ出さんばかりに書いた文字を総司に突き付けるナマエ。そんなナマエに総司はニヤっと笑う。

「いいでしょ、男同士なんだから」

(男同士じゃねーし)

ナマエは心の中で呟く。肩に手を置く総司を振り切って、ナマエは隊舎へと戻った。

「"お騒がせしました"」

見つめる皆にそう書いて頭を下げた。

「ったく昨日の今日でよくあんだけ動けるよなー」
「しかもあの総司と真剣でやり合うなんて命知らずだな、お前」
「だが荒々しくもお前の太刀筋は美しさがあるな」

わっ、と話す皆にナマエの筆が付いていかない。

「・・ぁ」
「ちょっとちょっと、そんな一気に話しても答えられないでしょ」

何かを言おうとしたナマエの肩を後から来た総司が掴む。そんな総司の言葉に、今度は皆が悪い、とバツの悪そうに言葉を溢した。ナマエはそれに対してただ首を横に振った。

「ダメだよ」
「・・・」

顔を上げた先には笑顔でそう呟く総司の姿がある。ナマエは少し怪訝そうにして自室に戻って行った。

「まだ、僕らだけの秘密にしておいて」

そんな総司の呟きは、ナマエに届く事はなかった。