この日、夕刻に緊急の会議が行われた。

近日中に薩長が手を組んで京でよからぬ事を企てているとの情報を受け、その関係者として捕らえられていた薩人が遂に口を割った。

「今夜、池田屋か四国屋で奴らは会合を開く様だ」

物々しい雰囲気の中集められた幹部は真剣に土方の言葉を聞いている。その中に総司と並んでナマエの姿もあった。

「奴らは今夜、京を火の海にするらしい」
「なっ!」

土方の言葉に新八が声を上げ、皆も思わず騒ついた。

「ひでー事すんな」
「京にはごまんと人が住んでるってのに」


平助と原田も顔を険しくしてそう呟く。思う事は皆同じだった。

「そこで今夜、奴らをその会合中にしょっ引く」

土方の言葉に皆は表情を引き締めた。つまり、斬り合いが今夜行われるという事だ。

「有力候補は四国屋。だが池田屋も可能性がない訳じゃねぇ」
「つまり、二手に分かれるって事ですね」

総司の言葉に土方は頷く。

「四国屋には俺と斎藤、原田、島田と数名の隊士を連れて行く」

四国屋と確定した場合直ぐに山崎が知らせに来て加勢する、と言った流れの様だ。

「池田屋には残りの近藤さん総司、新八、平助、そしてナマエに行ってもらう」
「池田屋の場合、山崎くんが四国屋側に来る都合で加勢が遅くなる」
「しかも人数は五人、か。五人で何人相手すんだよ」

斎藤の補足に平助が嘆く。そんな平助の背中を新八が叩いた。

「なに言ってんだ。こっちには総司もナマエもいんだろ。あいつらいりゃ百人力だ」
「まぁ、そーだけどさぁ」
「なーに、平助は僕たちと一緒じゃ不満なの?」

総司の言葉に平助は慌てて首を横に振った。

「決行は今から一刻半過ぎ。各自支度を整えろ、いいな!」

土方の言葉に「おう!」と皆の声が揃う。そして各々部屋へと散らばって行った。

「・・・」

ナマエも一人、自室で刀の手入れをしていた。刃先に映る自分の姿を確認して鞘に収める。

そしてふと目に付いた紙切れを手に取った。"ありがとう"と書かれたそれを膝上で眺める。

今日のこの任務に皆気合いが入っていた。それは単に薩長のしようとしている事が許せない、と言うだけではない。

言ってしまえば今日の新選組の出来に、京と新選組の未来が掛かっていると言っても過言ではない。

それに皆、気持ちを高揚させている様だった。

(なら、私は)

キュッとその紙の端を握り締める。もう直ぐ集合の時刻になる。表情を引き締め、それを懐にしまって立ち上がった。

「来たね」

廊下の途中、総司が柱に寄りかかってナマエを待ち構えていた。

「よろしくお願いします」
「本当真面目だね」

頭をキッチリ下げたナマエにやんなるよ、と声を漏らして総司は笑った。

「君は、僕の後ろにいなよ」
「なっ、僕だって戦える・・!」

ギュっと拳を握りしめてナマエは総司をキツく見つめた。

「そうじゃないよ」
「え?」

そう言って総司は珍しくナマエに背を向けた。

「背中は任せたって言ってんの」
「!」

僅かに見えた横顔に目を見開いた。

「こんな事、誰にも言った事ないからね」

耳が赤い。そんな総司の不貞腐れながら照れる表情にナマエはその背中に向かって駆け出した。

「間違えて斬っちゃうかも」
「君、性格悪いよ」

横に並んだナマエに総司はそう呟く。総司の顔を伺おうとすれば珍しく逸らされて思わず笑った。

「こんな事で笑うなんて、変な子だね君は」
「組長には負ける」

そんな事を話して二人は残りの三人と共に池田屋へと向かった。

そして池田屋に着いて一同は物陰からその様子を伺う。

「なんか、こっちが当たりみたいですね」

総司の言葉に近藤はうーん、と嘆かわしい唸り声を上げた。

「雪村くんを連れて来て正解だったみたいだな」

もしもの時の為に伝令係として千鶴が池田屋組に着いて来ていた。表情を引き締める千鶴にナマエは一枚の紙を差し出す。

「"気を付けて"」
「はい、皆さんも」

そう言って千鶴は走り出す。ナマエはその背中を見送って池田屋の様子を伺う。

「どうします、近藤さん。逃げられちゃいますよ」

ここから四国屋まで結構な距離がある上、伝令役は千鶴。往復を考えればそれなりの時間が掛かるのは目に見えていた。

「よし、俺たちだけで行こう」
「そう来なくっちゃ」

近藤の言葉に総司は笑い、ナマエは鞘に手を掛けた。

「御用改めである!」

近藤のこの言葉を皮切りに五人が雪崩れ込んで行く。

会合が開かれている二階には総司とナマエ、平助。そして二階から降りて来た残党を近藤と新八が待ち構えた。

「行くよ」

総司の言葉にナマエは小さく頷く。

途端、バタン!と音を立てて複数の襖が開き会合を開いていた者たちが狭い廊下で二人を挟んだ。

背中を預けて戦う事自体が二人とも初めてだった。だがナマエが入隊してからのこの短期間に彼らは幾度となく打ち合った。だからお互いの癖も動きも思考も、予測は難しくはなかった。

「なかなかやるね」
「組長こそ」

過半数の敵を斬り伏せた。僅かに逃げ延びようと階段を降りて行った者たちもあの二人なら問題ないだろう、と思う。

あとは二手に分かれた平助と、目の前の扉の向こうにいる気配。

「大人しく僕らに斬られなよ」

そう言って総司は襖を開けた。そこには変わった服装をした者が窓からその様子を他人事の様に見つめていた。

「新選組、か」
「そうだよ、君は薩摩?それとも長州かな」

二人が部屋に入ろうとも座ったまま動こうとはしない。金色の髪が月明かりで揺れ、その赤い瞳が二人を捉えた。

「今は薩摩に身を置いている、が・・我らは鬼の一族」
「まぁなんでもいいよ」

君はここで死ぬんだから!総司はそう言って刀を振りかざす。

「!」

だがその男は総司の刀をいとも簡単に止めてしまった。

「へえ、」

それに総司は思わず笑みを零す。二人の刀が何度もぶつかり合う音がする。

「!」

一瞬、二人の横を何かが通り過ぎた。

「死ね」

総司と刀を合わせている隙にナマエが男の後ろへ回り込み刀を振りかざした。

「「 !? 」」

だが途端、男の髪が金髪から白髪に変わり、赤い瞳は金色へと変わった。

鞘で受け止められた自分の刀をギュッと握る。

「人間の割には良い動きだな」
「!」
「ナマエ!!」

瞬間、ナマエはそのまま押し戻される形で壁まで吹き飛ばされた。

その人間とは思えない力と額に生えた二本の角。総司はギリッと歯を食いしばった。

「君は僕が絶対殺、す」

だが言葉の途中で総司はむせ返る。

「ゴホッ!ゴホッ!・・っがはっ!」

思わず膝をつき、口元に手を当てる。その手には自分の身体から出た血が付いていた。

「死ぬのは貴様の様だな」

むせ続ける総司に男は容赦なく刀を掲げた。

「ほう、」

だがそれは、甲高い音を立てナマエの刀によって遮られる。

「女の分際で俺の刀を止めるか」
「・・っ!」

何故分かった。なんて事を考える余裕はなかった。先ほど吹き飛ばされた時に頭を打ちこめかみを血が伝っている上に、視界が狭い。恐らく軽い脳震盪を起こしていた。

そして何より異常なほど噎せ返っている総司が背後にいる。今ここで振り切られれば自分も、そして総司もただでは済まない。

左の腕で刀身を支えてやっと抑えられている。だがそれも時間の問題だった。

「組長、逃げて・・!」
「ふん、勝ち目がないと分かって捨て身か」
「!?」

途端、男がフッと刀から力を緩め、そしてナマエに足を振り抜いた。

「・・チッ、」
「今の蹴りも受け止めたか」

窓際に滑る様に飛ばされて膝を着いたナマエは思わず舌打ちをする。蹴りを受け止めた左腕の感覚がない。それは余りの勢いに痺れたのか、はたまた折れたか砕けたか、分からなかった。

「殺すのは惜しいが、人間に用はない」
「・・っ、それ以上彼女に近付くな」
「!」

ゆらりと口元から血を垂らした総司が立ち上がる。

「組長!・・くっ」

立ち上がろうとしたが最早満身創痍。正直こうして膝を着いて刀を持っている事すら辛くて仕方ない。

「君の相手は僕だよね」

口元の血を拭いながら総司はちらりとナマエを見る。ボロボロで立ち上がる事もままならない姿に、総司は床を蹴った。

「お前は、僕が殺す・・!!」

狭い部屋に火花が散る。

「ほう・・、!」

瞬間、男の髪が僅かに舞った。

「貴様・・っ」
「髪くらいでいちいち手止めないでよ、次は首が飛ぶんだから」

初めて表情を歪める男に総司は容赦なく斬り込んで行く。

「!」

だがその後、男はヒラリと総司の刀を躱し刀を鞘に収めた。

「終いだ」
「何言って・・!」

そのまま男は窓から身を翻し逃げて行った。

「・・っ」
「ナマエ!」

敵が去った事に気が緩んだのか、床に崩れ落ちるナマエを総司はすんでの所で受け止める。

「・・また怪我して、すみません」
「・・っ」


ナマエの言葉に総司はギュッとナマエを抱き締める。

「組長、苦しい」

窓からは朝日が溢れ始めていた。そのまま新選組は京の街を歩いていく。

薩長の非道さと自らの誠を掲げて。