「ほらほら、それじゃあ僕は殺せないよ!」

道場に激しく木刀がぶつかり合う音がする。そのあまりの激しさに稽古していた者までが手を止め、総司とナマエの仕合を見つめる。

「・・っ!」

ふと、木刀を弾かれたナマエが動きを止め、一人の隊士に目を向ける。隊士はナマエの燃えるような鋭い瞳にたじろぐ。

つかつかと無言で隊士に歩み寄って行くナマエ。隊士はひっ!と身を縮めた。

「"木刀、貸して下さい"」

だが殴り書きで書かれた文字に隊士は恐る恐るナマエに自らの木刀を渡す。

するとナマエは一礼して背を向け、隊士は壁伝いに座り込む。

「本当負けず嫌いだよね、君」

改めて総司の前に立つナマエに総司は呟く。その頬には汗が伝っていた。

二本の木刀を構えナマエは地面を蹴る、その速さに周りはその剣先すら見えなかった。

「おーやってんな」
「て!ナマエ二刀流!?あいつ本当すげーな!」
「俺たちでも勝てるか分かんねーぞ、ありゃ」

新八、平助、原田が噂を聞き付けて道場にやって来る。その余りの打ち合いに三人は息を飲んだ。

「何がすげーって、」
「ああ、こいつら楽しんでやがる」
「俺もー無理、見てるのも疲れる」

もうどれくらい打ち合っているのか、誰にも分からなかった。

「皆さーん、ご飯ですよー」

千鶴が道場に顔を出したのと、ナマエの手から木刀がすり抜けたのはほぼ同時だった。

「・・・」

カランと高い音が道場に響く。ナマエはすり抜けた木刀を持っていた手を見つめた。

「ほら、おしまいだよ」
「!」

そんなナマエの頭にポンと手を置く総司。それにハッとして顔を上げ、礼をした。

「また強くなったね」

総司は思う。強くなった、と言うより徐々に本気を出し始めている、と。そしてナマエにはまだ余力があるという事を。

それは意識的に抑えているものではなく、眠っている、と言った方がしっくり来た。ナマエの全力、それを考えると総司は楽しくて仕方なかった。

「"また負けた"」
「まぁ僕に勝とうなんて百年早いよ」

悔しそうにそう言うナマエに総司は笑う。

「"いつか殺す"」
「はいはい、楽しみだなぁ」

茶化す総司を追い掛けるナマエ。そこに千鶴が歩み寄る。

「お二人とも、お疲れ様です」

そう言って手拭いを渡してくれた。

「ありがとう、千鶴ちゃん」

ナマエも千鶴に向けて頭を下げる。

「流石女の子、気が効くね」
「いえ」

そのやり取りをナマエはジッと見つめた。それに気付いた総司が首を傾げる。

「どうしたの、ナマエちゃん」
「!」

ナマエはハッとして首を横に振る。

「じゃあ行こうよ、お昼取られちゃうよ」
「ちゃんと皆さんの分ありますよ」
「あの人たちにそんなの関係ないよ」

出口に向かって笑いながら歩いて行く二人の背中を見つめる。そして、やはり先ほど木刀を持っていた自分の手のひらを見つめた。

「・・・」

その手をギュッと握り締めた。何かを掻き消す様に。





「まだ起きてたの」
「!」

もう日が沈みきり静まり返った頃、部屋の前の廊下に座って空を見上げていた。そこに聞こえた総司の声にナマエは思わず肩を揺らした。

「君、月見なんてするの?」

フッと茶化す様に笑ってナマエの隣に座る。

「"月見をしようと思ってした事はない"」
「だから、そう言う意味じゃないんだけどなぁ」

相変わらずのナマエに総司は思わず苦笑いを零す。

「で、どうしたの?」

総司の質問にナマエは首を傾げる。そこで総司は思う。ナマエは自分が悩み事を抱えている事にすら気付いていないんじゃないか、と。

「最近君、ぼーっとしてるよ」

そう言ってもナマエはイマイチ意味が理解出来ていない様で、総司はやっぱり、と心で呟く。そして言葉を繋げた。

「その時君は、何考えてるの?」
「・・・」

総司の言葉に紙に筆を当てたままナマエは動きを止めた。なんて、言葉を書いたらいいのか分からなかった。

いや、一つ思い浮かんだ。だけどそれは決して言葉には出来なかった。しては、いけなかった。

「"千鶴、可愛い"」
「あは、そうだね」

外に足を投げ出して、俯くナマエ。

「"女の子って感じ"」
「うんうん、」
「"僕は"」

そこまで書いて筆を止めた。その文字の先はどうしても書けない。

「女の子?」
「!?」

総司の言葉に勢いよく顔を上げた。見つめた総司の瞳は、何を考えているのかナマエには読み取れない。

「なーんてね」

そう言って総司はその場に寝転んだ。ナマエはそのまま総司を見つめ続けた。嘘か真か見極める為に。

「僕は、君が男の子でも女の子でも好きだよ」
「!」

だが次に聞こえた言葉にナマエは目を見開く。

「ねえ、君は?」

そう言って起き上がる総司。やはりその瞳は読み取れない。だけど不思議と嫌な感じはしなかった。

優しい瞳。普段の意地悪で、血の気の多い瞳とは違う、もう一人の彼を見ている様だった。

「まぁ君がどう思っていようと関係ないけどね」

そう言って距離を縮める総司。廊下についた手に、総司の手が重なった。

「!」

途端、唇が触れた。彼の長い睫毛が見える。時間が、止まったかと思った。

「・・思った以上に反応ないなぁ」

唇を僅かに離して総司が呟く。ナマエは瞬きもせずに固まってしまった。

「おーい、聞いてるー?」

それでも反応がないナマエに総司はため息を吐く。

「仕方ないな。じゃあ、もう一回」
「!」

再び近付いた距離にようやくハッとする。

「遅いよ」
「っ!」

瞬間、腕を掴まれ腰を引き寄せられた。再び重なった唇に、ナマエはギュッと目を閉じる。

「へぇ」

唇も離れていない距離で総司が何かを思った様にそう呟く。ナマエは苦しさに僅かに目を開けると、目を細めた総司の瞳とぶつかる。

途端、つま先から全身に熱が駆け上がるのを感じた。

「・・っ」

その晩、月の下で二つの影が一つになった。