act...06
補助監督が運転する車に揺られ後部座席に腰掛けては、頬杖ついて流れる景色を見つめていた。支給された高専教員が見に纏う黒塗りだが日の光に当たると紫がかる制服は、やたらしっくりきて姿見の前で顔を顰めたのは言うまでもない。
「あ、多摩川。昔一緒にタマちゃん見に行ったよね」
「アンタのしょうもない記憶に私の幻覚登場させるのやめてくんない?」
隣に座った男がまだ見ず知らずの他人だった頃の話に朝っぱらから溜め息が出る。まぁ顔は知らずとも五条家に無下限と六眼を併せ持った子息がいると言う話は嫌と言うほど聞かされていたし、まさかそいつがこんな鬱陶しく、尚且つ彼とこんな関係になるなんてあの頃の私も、悟に出会った頃の私だって想像はしていなかったのだけれど。
「で、どこに向かってんの私たち」
朝、人様の部屋に勝手に入り込んだ挙句どこで仕入れたのか分からないバズーカ型のクラッカーと"ドッキリ大成功"なんてプラ板を掲げた悟の至極楽しそうな顔に危うく領域展開してしまいそうなほど苛立ったのだけれど、その後「仕事だよ」なんて言うもんだから渋々ついて来た。が、その詳細は未だ語られていない。
晩年人手不足の呪術界は、教師だけやってればいいと言うわけでもないのは分かっていたけれど、なにも日本に四人しかいない特級呪術師で最強の男とわざわざ一緒に行く仕事ってなんなのと口を尖らせる。絶対私いらないじゃん。と思ったが、まぁ、九年行方をくらませていた私を、はいよろしくどーぞと野放しにするわけもないことも、理解していた。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「言ってたら聞かないんだけど」
「愛知だよ」
「はぁ!? 愛知!?」
「いやー荷物少ないなとは思ってたんだよね。出張なのにさ」
「少ないもなにもなんも持って来てないけど!」
「まぁいいでしょ。現地で買えば」
必殺ドン・キホーテがあるしね。ん? 愛知にドンキあるっけ。まいっか。なんて言って中毒性のある鼻歌を歌い出す悟に開いた口が塞がらない。高専を出てから実に水が凪ぐような時間を送っていたからか、この男のジェットコースターばりの勢いに私の身体は振り回されっぱなしで息つく間もない。
「ま、オマエはハッピーセットのポテト一本くらいの気持ちでいればいいよ」
「せめてそこはおまけのおもちゃにしろよ」
「何言ってんの。ハッピーセットはおもちゃ目当てで買うもんでしょ」
まぁ、確かに。って違う。丸め込まれそうになった思考を振りかぶって自分のペースを思い出そうと細く息を吐く。ホント、どうしてこうなってしまったのか。運の尽きはきっと、
「ねえとりあえず駅に着いたら飛行機乗る前に弁当と甘いもの買ってかなきゃだよね〜ドーナツも捨て難いけど今僕サーティワンの気分なんだよ。オマエどっちか買えよ。食べるの僕だけど」
……運の尽きはきっと冥さんに見付かってしまったことにあるんだろうけど、
「あ、僕ね、香川の美味しそうなとこ見付けたんだ〜絶対行こうね。まぁ引きずってでも連れてくけど」
…………冥さんに、見付かってしまったことにあるんだろうけど、冥さんは高専時代からの付き合いもあったしそこそこ信用……いや弱味をチラつかせてきた時点でちょっとあれなんだけど、
「夕飯は、まぁふらっと探すのもありだよね。人生に冒険は必要不可欠ってゆーし。オマエも新鮮な心を常に持ってないと老けるよ?もう若くないんだから。まぁその点僕はいつまでもグッドルッキングガイだから問題ないんだけど」
………………あれなんだけど、さぁ。よりにもよってコイツと裏で組むことないじゃん? 私の弱味知ってるのに。いや弱味ってほどじゃないけど、どうしてもコイツだけには
「そういや出張行くって恵に行った時にね、アイツちょっと寂しそうな顔したんだよ。可愛くない? いつもツンとしてるけどやっぱり僕って生徒からも愛されてんだよね〜知ってたけど」
「…」
「お土産期待するなって言ったけどやっぱ買ってってあげよっかなぁ。ってかオマエ弁当食わないの? ダイエット? まぁ確かに昔より、」
場所を飛行機へと移動しても尚しゃべり続けるこの男が手にしていた割り箸を奪い飛行機型の弁当箱に入った旗のついたハンバーグへと突き立てた。
「……殺すぞ」
「え〜……怖」
ようやく、ようやく! 黙った隣の悟に、いやブツクサなんか言ってるけど、大袈裟に背もたれに寄りかかり息を吐く。ツッコミたいことはそれこそ鬼のようにあったけれど、朝一発目のバズーカから始まった今日はまだ日の昇りきっていない時間だと言うのに身体は疲労を訴えていた。
(やば、寝そう……)
ふ、と肩の力が抜けた途端襲いくる睡魔に、そう思う頃にはもう、瞼は私の力じゃ上げることは出来なかった。微睡にゆっくりと意識が落ちていく。頭の重さに首が項垂れて、ずるりと肩が傾く。私の頭は雲を目下に写した窓にぶつかる、はずだった。
「全く、倒れるならこっちでしょ」
ぐっと、大きな手の平に後頭部を引き寄せられ、痛むはずだった私の頭は別の意味で痛む。
(本当、ムカつく男)
途端触れ合う体温と彼の変わらない香りは、私を深い眠りへと容易く落としていった。