act...03
「は?」
「あ?」

自分の服を身にまといポケットから取り出した煙草に吸おうとジッポを軽く振って、カシュン、と耳障りのいい音を響かせ火を点した直後、たった一文字の疑問が投げ掛けられたから、同じようにたった一文字でその疑問の在り処を問うてしまった。

その発信源である悟は、未だ半裸の状態でうつ伏せになりながら枕に埋めていた顔を訝しげにしてベッドサイドに腰掛けた私を見ていた。いや、なに?

「オマエまた吸ってるわけ?」

ああ、なるほど。いやそうツッコまれるのは分かっていた。だから身体に匂いがつかないように今日はまだ吸っていなかったし、コイツの前で吸う気もなかった。……こんな事になるまでは。

「まぁここ数年やめてる理由なかったしね」

高専時代、硝子と共に咥えていた煙草を煙いだのくせえだの苦えだの煩いこの男の影響でやめていた。だけど、高専から……悟から離れてからごく自然とそれは解禁されていた。別に重度のニコチン中毒者という訳ではなかったが、何となく、吸う度チラつく青い春に、思いを馳せていたのかもしれない。

「!」
「ならまたやめる理由、出来たでしょ」

手の中の炎がベッドから伸びて来た悟に腕を掴まれたことによってぐらりと揺れる。その熱を間に、じっと焦がれるような互いの視線が絡み合う。何かを言おうと開こうとした唇は、水分を奪ったフィルターが張り付いて音にはならなかった。

「あ! てめえ!」

動かない左手に瞬間的に顔を近付け、咥えた煙草の先端に火を付け大きく吸い込んだ。途端に喉から肺に向かうメンソールをふうーっと大袈裟に彼の匂いが充満する部屋に容赦なく吐き出す。うちは禁煙だぞ! とかなんとか騒ぎ立てるから、掴まれたままの腕を僅かに振ってジッポの蓋を閉め、ニッと悟に向かって笑う。

「もう吸っちゃった」
「ホント、性格悪すぎんだろ……」

はぁ、と盛大な溜め息を枕に吐いて、私の腕はようやく解放された。うん、効果上々だ。そのまま立ち上がりリビングに出て玄関へと向かう私の背に、再び顔を上げた悟の声が掛けられる。

「もう帰るわけ」
「ヤリ捨てられる女みたいな台詞だな」
「なんで俺が抱かれてんの? しかも捨てられてねーし」
「……それは、どうかな」
「あ?」

ジリジリと、赤くなった部分から先が灰に変わっていく。さすがに部屋に落とす訳にはいかないし、そうなった場合大変面倒であることは分かりきっているから、その円錐を手首を捻り縦にする。とはいえ長くは持たないだろう。

これは、カウントダウンだ。私たち二人の終わりを告げる、砂時計。まぁ実際そんなロマンチックなものじゃなくて煙草なところが実に私たちらしい。燃えたら、消えたら終わり。繰り返すことは、もう、二度とない。

「私、明日お見合いするの」
「……は?」
「アンタ、自然消滅じゃ納得出来ないんだよね。なら、言うわ」

ジリジリ、ジリジリ、煙草の燃える音がする。いっその事、この身さえも焼いてくれたらよかったのに。

「私と別れて」

そう吐き捨てた。ねえ傑。私きっと、これで良かったんだよね。真逆な本音がせめぎ合う中で、片方を選んで、掴んで、アンタは突き進んだ。なら私も、あの日に選んだ自分の本音を握りしめていかなきゃな。アンタが、そうしたように。

呆然とする悟を置き去りにした部屋をあとにして、背中で玄関の扉が閉まる音を聞いた。ぽとりと、それを待っていたかのように手の中から灰が地面へと落ちる。

「さよなら、悟」

目を伏せ、そう呟いた。開いた視界に映った黒いブーツの間に横たわったそれは、まるで過ぎ去った時間のような気がして、私はそれを、踏み躙ることだけは出来なかった。