89 祝福
さざ波の音が聞こえる。天気は快晴。視線の先には地平線が綺麗に描かれている。
「身体、平気か」
一騎が隣にいるナマエへ問い掛ける。そんな一騎の言葉はここ最近毎日の様に聞く言葉だった。
「大丈夫だってば、」
ナマエは少し呆れて、でもその心配が嬉しくて笑いながら答えた。
「ありがと、一騎」
「ああ、」
言葉通り体調の良さそうなナマエに一騎は微笑んで背中に手を回した。
「よく寝てるな」
「うん、」
覗き込む様に見た先にはナマエの腕に抱かさる小さな女の子。2人は穏やかな笑顔でその子を見つめる。
「皆が俺に似てるって、似てるかな」
そうやって首をかしげる一騎にナマエは笑う。
「当たり前でしょ、私と一騎の子なんだから」
「そんなもんか」
一騎の言葉にそんなもんでしょ、と微笑んだ。
「私、命を使って島を、皆を守る事が私に出来る世界への祝福だと思ってた」
「・・俺も」
かつて戦いの最前線にいた2人。敵意を持つ者が現れれば今もそれは変わらない。
だけど、彼らはまだここにいる。繋がった命の理由をずっと探していた。
「でも、違った」
そう言ってナマエは赤子の頬をそっと撫でる。
「きっと、この子が答え」
赤子を見つめる眼差しはとてつもなく穏やかで、優しさに満ち溢れている。
「私でもこんな幸せを得て、感じる事が出来る。それはきっと物凄い奇跡なんだと思うの」
フェストゥムとして生まれ、人として育ち、友を得て愛を知り、その結晶がこうして腕の中で穏やかな寝息を立ている。
「これは私のエゴかも知れない。この子を産んだ事」
恐らく彼女は母であるナマエと同じ道を辿るだろう。それは決して平坦な道ではない。それはこの世に生を受けた時から決められた悲しい定め。
「でもね、この子に感じて欲しいの。この世界は、楽しいんだって事」
一騎はそう言うナマエの赤子に触れる手に自分の手を重ねた。それに釣られてナマエは一騎を見つめた。
「それを俺たちが教えてやればいい。この子と、世界に」
一騎もナマエと同じ様に命が繋がった意味を探していた。お互い口に出さずとも、世界への祝福、それを蔑ろにするには色々なものを失くし過ぎた。
でもナマエの言う通りだと思った。自分たちが幸せになるだけじゃない。拾った命を使ってその幸せを広げていく、伝えていく事が自分たちの祝福だと心から思えた。
「俺たちが"2人で1人"の意味がようやく分かった」
一騎の言葉をナマエは黙って聞いていた。暖かな日差しが3人を照らした。
「こんな幸せ、どちらか1人じゃ叶わなかった」
「・・うんっ」
一騎の言葉に頷いて、触れた手をギュッと握り返した。
「エメリーはきっと、この事を言ってたのかな」
"救世主" "大きな希望"消えてしまった彼女は自分たちをそう例えた。だけど2人は思う。それはきっと世界が忘れてしまったありふれた普通の事だと。
それを大袈裟に言う今の世界が哀しい。だけど、そんな世界でもありふれた幸せを掴むことが出来る。それを願う、心があれば。
「またやる事増えちゃったね」
冗談交じりにナマエが笑う。一騎はああ、と呟いて手を握ったまま再び地平線を見つめた。
「でも大丈夫だ、2人一緒なら」
「うん、」
ナマエも前を見据えて力強く頷いた。
「一騎ー!ナマエー!」
「!」
振り返ると、史彦と並ぶ総士が大きく手を振っていた。
「帰ろう」
「・・うん、私たちの帰る場所へ」
2人はそう言って歩き出した。新たな希望を胸に抱いて、愛を忘れてしまった世界の全てをーー
ーー祝福する為に。
Fin...
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