88 それでも僕らは


ねえ、聞こえますか?

彼を想って、泣いて泣いて過ごした日々には、貴方がいました。私の隣にいつもいて、いつも支えてくれました。

聞こえてたよ、自分を無力だと嘆く貴方の泣き声が。

それでも忘れないで欲しい。ここに、貴方に救われた"心"があるという事を。

「ナマエ、綺麗よ」
「本当、」

咲良と真矢が思わず声を上げた。

「ありがと、2人共」

ふふ、と笑って衣装を着せてもらっているナマエはそう言う。

真っ白なウエディングドレスに身を包み、自然と背筋が伸びる。

「西洋の結婚式も素敵だねー」
「私もこっちにすれば良かった」

真矢の言葉に咲良は少し残念そうに呟いた。

そう、結婚式。
一騎のプロポーズから半年が経った。史彦に伝えた時、彼はそうか、とだけ呟いた。

それだけか、と一騎が問えば、これ以上何か言えば泣いてしまうと笑った。そんな父に2人はただ、ありがとうと言葉を返した。

そして落ち着いたと言えど忙しい毎日に式など上げる予定は更々なかった2人だが、咲良と真矢を筆頭に式の準備は進められた。2人には秘密で。

そして今日、朝から家に綺麗な格好をした2人が押し掛けた。

戸惑う一騎とナマエだったが、連れてこられた先を見上げて呟いた。

「協会?」

それはつい最近建てられたものだった。

海神島は古風な竜宮島とは違い、少し現代風だった。移住した人々が外の国の人がほとんどだった為、そうなったのは自然な事だった。

そして竜宮島で言う神社の様な場所だと言う協会、外の世界では結婚式はそこでやる、と言う話しを聞きつけて咲良と真矢は即決した。

他の人の意見や知識を参考に準備を進めていった結婚式、それを今日決行したのだった。

「どういう事だ?」

一騎とナマエは顔を合わせた。それを見ても何が行われるのか分からなかったからだ。

「お、来たな」

スーツ姿の剣司が一騎の腕を引き、咲良と真矢がナマエの腕を引く。

「じゃあまたあとでー」
「おう、任せとけ」

咲良と剣司の掛け合いに、背中を向けながらお互いを見つめる一騎とナマエ。

そして連れてこられた先には更に多くの人がいた。服を脱がされ髪をとかされ化粧をされ、最後にウエディングドレスを着てナマエはようやく気付いた。

「もしかして、これって」

唖然とするナマエに咲良と真矢は顔を見合わせた。

「そう、今日はあんた達の」
「結婚式だよ」

2人の言葉に涙が出そうになった。だがそんなナマエを見て咲良は声を上げる。

「あ!泣くんじゃないよ!」
「お化粧落ちちゃうからね」

そう言う2人にナマエは涙をグッと堪えた。

「本当・・ありがとう」

胸に手を当ててナマエはそう言う、その笑顔はとても綺麗だった。

最後にブーケを受け取り、支度が終わる。すると真矢は扉を開けて誰かに部屋に入る様促した。

「・・お父さん」

そこには剣司同様、スーツ姿の史彦がいた。

「随分朝早くから出掛けたと思ったら」

そう言うナマエに史彦は一言すまない、と言葉をこぼした。

「・・おめでとう、ナマエ。父親としてお前の隣を歩ける事を誇りに思う」
「大袈裟だな、お父さんは」

史彦の言葉にナマエはクスクスと笑う。

「ここまで生かしてくれた全ての者に感謝している。そして、生きてくれたお前たちにも」
「お父さん・・」

真剣に言う史彦に、ナマエはまた涙が出そうになってしまった。

「ほらほら、もう時間ですよ!」
「待ってるよ、一騎くんが」

咲良と真矢に促されて部屋を出る。

そして1つの扉の前で2人で待機させられた。この扉が開いたら2人で歩いて行くらしい。中からは司会の人の声が微かに聞こえた。

「母さんにも見せたかった」
「・・うん、見てもらいたかったな」

そして中から入場の合図が聞こえる。

「行こうか」
「うん、」

そう言って史彦は曲げた腕をナマエに差し出す。それをナマエはそっと掴んだ。

そして開かれた扉。差し込む光に目がくらむ。だがそれも一瞬で、目の前の光景にナマエは史彦の腕を掴んだ手に僅かに力を入れた。

多くの人がその場にいた。長い長い時を共に戦い、生き延びて来た人たちが。

そしてその先にタキシード姿で微笑む一騎がいた。そんな一騎にナマエも微笑みを返す。

「娘を頼む、まぁ息子のお前なら大丈夫だろうがな」

一騎の所まで来て史彦がそう言った。何だか不思議な挨拶に一騎は笑う。

「ああ、ありがとう父さん」

そしてナマエの手が史彦から一騎の腕へと移る。

ナマエの腕は既に震えていた。ゆっくりと前へ進んで行く中で、一騎は前を見据えたまま小さな声で呟いた。

「こんなたくさんの人たちに祝ってもらえて、俺たちは幸せだな」
「うん・・っ」

一騎は分かってた。俯いたナマエの震えの理由が。

「咲良と真矢が化粧落ちるから泣くなって・・」

そう言うナマエに一騎は笑う。

「今は笑おう、皆に感謝して」
「うんっ」

一騎の言葉にナマエは強く頷いた。

そして神父の前に2人で立ち、誓いの言葉を述べ、誓いのキスを言い渡される。

「え、」

ナマエが僅かに声を上げる。支度に時間が掛かったナマエは一騎と違い式の流れを一切把握してなかったのだ。

「ナマエ、」

一騎に呼ばれてナマエはハッとして一騎を見つめる。

「綺麗だ、すごく」

そう言って一騎は手を握って微笑んだ。

「一騎・・」

ゆっくりと近付く一騎に、ナマエは身を委ねる様に瞳を閉じた。

「!」

瞬間、密閉された空間に風が吹き、2人の髪を優しく撫でた。皆が驚きに満ちた顔で辺りを見回した。

「・・お母さん、」

そしてゆっくりと離した唇で、ナマエはそう呟いた。

「お母さんの、匂いがする・・っ」
「・・ああ、来てくれた」

ナマエの言葉に一騎も頷く。

「・・来たのか、紅音」

ナマエたちの言葉に史彦は振り返る。

「!」

そこには紅音と、いつの日かナマエを託し消えていった女性が立っていた。

「ありがとう、お前たちのおかげで私は今こんなにも幸せだ」

史彦がそう呟くと、2人はそっと消えていった。

「・・何故お前が泣いてるんだ」
「ばっ!お前・・っこれが泣かずにいられるか!」

隣の号泣している溝口に、史彦は笑う。

「そうだな、これこそ奇跡の塊の様だ」

遂に泣いてしまったナマエの涙を優しく拭う一騎。そんな2人の姿を史彦は見つめて微笑んだ。

「全てに感謝しよう、今ここにいる事に」

そして一つの影が2人に歩み寄った。

「一騎、ナマエ」

その声に2人はハッとする。懐かしい声が聞こえた気がしたからだ。


「総士、」


そこには2人を見上げる小さな総士がいた。

「おめでとう!綺麗だよ!ナマエ!」

そう言って一輪の花を差し出す総士。

「ありがと、総士・・っ」

ナマエはその花を受け取って総士の手を取る。その反対の手を一騎がとって3人で笑った。

そんな3人の姿に咲良や真矢も堪らず涙を零し、剣司は思わず顔を歪めた。陽の光が差し込む中、一騎とナマエ、そして総士が笑っている。

泣いて、泣いて。だけど笑ってここまで来た。そんな過酷な軌跡の果てに奇跡がある。

歩んだ道は決して平坦ではなかった。それでも僕らは、それをいつまでも覚えていよう。これからどんな苦難が訪れても、それを覚えていればきっと乗り越えられるから。

優しい時間に、優しい風がいつまでも吹いていた。



彼らは双子。

運命を共にする。














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