87 祝杯
カラン、とコップの中の氷が音を立てた。それがやけに鮮明に聞こえて、この場の静けさを強調させた。
「ちょ、ちょっと・・なんか言ってよ」
ナマエは気まずそうに黙り込む友人2人を見つめた。
「いや、展開が早いと言うかなんと言うか」
「なによ、結局私達が出る幕なかったじゃない」
ナマエの言葉に真矢と咲良はそう言った。咲良の言葉に僅かにナマエは首を傾げる。
昨日2人に詰め寄られた言葉、それは"結婚"の2文字だった。だが翌日U計画の件でアルヴィスの休憩室にて合流した彼女の口から告げられたのは昨日の出来事。2人は事の早さに驚き、言葉を失ったのだ。
「でも、おめでとう」
「真矢・・」
そう言って笑う真矢に、ナマエは言葉を失う。彼女の気持ちを考えて、素直にありがとうと言っていいものか悩んだからだ。
「本当、私も嬉しい」
手をギュッと握る真矢に涙が出そうになった。
「ありがとう、真矢・・っ」
真っ直ぐにそう言ってくれる真矢に、ナマエは目に涙を浮かべながら笑った。
「長かったね、あんた達」
「・・うん」
咲良の言葉に真矢が頷く。
「でも、あっという間だったよ」
「・・そうね」
ナマエの言葉に咲良は僅かに目を細めた。思い返した過去は、決して明るいものばかりではなかった。皆何かを失くし、何かを犠牲にして今ここにいる。
「でもみんな喜んでくれるわ、きっと」
おめでとう、と言う咲良に、ナマエは再びありがとうと告げた。きっとそう言う時期にようやく入れた。目まぐるしく過ぎた日々の一区切り。
ようやく目の前の事に目を向けられる様になったタイミングが皆同じだった。ただそれだけ。
「で、真壁司令には?」
「明日言うよ、やっと帰って来るみたいだから」
ナマエの言葉に咲良はそっか、と呟く。
「じゃあ、今日は祝杯ね!」
「お、賛成ー!」
さっさと仕事終わらせるわよー、なんて立ち上り部屋を出る2人にナマエは疑いの目を向けた。
「あんた達飲みたいだけじゃ・・」
「気にしない気にしない」
真矢の言葉にナマエは はあ、とため息を1つにつく。だけど、その話しを自分の事の様に楽しそうに話す2人の後ろ姿を見てナマエは心底感謝した。
「!」
ふと、僅かに視界が揺れた。そこにはいつかの一騎と、その隣にはーー
「・・良かったな」
ーーそう言って振り返り微笑む彼がいた。
「ほーらー!置いてくわよー!」
「早く早くー」
滲んだ視界を袖で乱暴に擦って、ナマエは声を上げてて走り出す。
「待ってよー!」
「わ!」
「ちょ、危ないでしょ!」
走った勢いそのままに、2人の腕を掴んだ。
「2人共、だーいすき!」
そう言うナマエに、咲良と真矢は顔を見合わせて笑った。
「・・ありがと、総士」
小さく呟いた言葉は、彼女の心に落ちてゆっくりと溶けていった。
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