86 一緒
「もうすぐあれね、」
「あれ?」
喫茶店の一角。咲良が頬杖を付きながら呟いた言葉にナマエは首を傾げた。
「もうそんな時期かー」
「時期って・・あ!」
真矢のしみじみした言葉にナマエは思い出した様に声を上げた。
「お盆祭り!」
あれから2年が経過した。痛みも悲しみもまだ胸に残っている。だけど、皆が前を見据え、未来へと歩んでいた。
「そろそろ忙しくなるねー」
「去年は大分簡易的だったからね」
「保さんが嘆いてたもんね」
3人はそんな会話をして笑い合う。
「で、ナマエのとこはどうなのよ」
咲良が突然話題を変えてそう言った。
「あ、私も気になってたんだよねー」
それに真矢も便乗する。
「総士の事?って、昨日も会ったじゃん」
ナマエは首を傾げて笑った。2人共ボケたのか、と。
「はあ、」
「まあ、そーだよねー」
そんなナマエに咲良はため息をついて真矢は苦笑いを浮かべた。
「一騎よ!」
「一騎?」
それこそ訳が分からないと首を傾げる。
「もう真壁のおじ様には言ったの?」
真矢の言葉にナマエはようやく ああ、と理解した様だった。
「うーん、言ってないは言ってないけど、知ってるでしょ?」
「はああああ」
「咲良ため息長い!」
2人の反応にナマエは何よ、と頬を膨らませた。
「まずはそこからか」
「だねー」
「ちょっと!2人で会話しないでよ!」
泣くよ!と声を上げるナマエに、2人は顔を見合わせた。
◇
「・・ただいま」
「おかえり、・・ってどうしたんだ?」
ここ、海神島での家にナマエは帰宅した。すると家にいた一騎が迎え、そしてなぜか不貞腐れているナマエに首を傾げた。
「な、何でもない」
視線を逸らすナマエに一騎は更に首を傾げる。
「おかえり!ナマエ!」
ソファーの影から顔を出した笑顔に、ナマエも瞬時に笑顔を見せた。
「ただいま、総士っ」
そして駆け寄る総士を抱き上げてギュッと抱きしめる。すると総士はキャッキャッと楽しそうな声を上げた。
「今日も父さん溝口さん所に行くって」
「また!?もー不良親父なんだから!」
一騎の言葉にナマエは頬を膨らませる。
「アルヴィスからここが少し遠いからな、仕方ないよ」
「まあ、そうだけどー」
ちゃんと食べてるかなー、とナマエは呟く。
「今日総士と弁当届けてやったから大丈夫だよ」
「届けたー!」
一騎の言葉に総士は得意げに両手を広げた。
「そっかーなら平気だね!」
そう言ってよしよし、と総士の頭を撫でる。
「なあ、ナマエ」
「んー?」
床に座り総士と遊び始めたナマエに、一騎は声を掛けた。
「父さんに言おうと思う」
「なにをー?」
「俺たちの事、」
ガタンと大きな音が鳴った。それはナマエの動揺の表れだった。
「な、な、なんて!?」
「なんてって・・付き合ってるんだ、って」
一騎の言葉にナマエはポカンとする。
「それ、だけ?」
「ああ・・?」
「本当に?」
ナマエの再度の問いに一騎は疑問に思いながらもそうだ、と答えた。
「・・私、ちょっと出て来る」
「え、今帰って来たばっかりだろ」
「用事を思い出したの!」
バタン!と音を立ててナマエは家を後にした。
「あーあ、島に帰りたい」
海辺に座り込んでナマエは彼方を見つめた。
「お母さんに聞いて欲しい事、いっぱいあるんだよ」
今日の一騎と咲良、真矢の件とか、なんて呟いて膝を抱いた。
「私にどうしろってゆーのよ・・」
「・・ここにいたのか」
「!」
ふと、後ろから聞こえた声にナマエは膝を抱く手に力を入れた。
「・・総士はどうしたの」
隣に腰を下ろした一騎に、顔を伏せたまま呟いた。
「遠見先生の所に預けて来た」
「・・そう」
潮風が2人の間を優しく駆け抜ける。
「大分伸びたな」
横から一騎が手を伸ばしてナマエの髪に触れた。
あれから2年、もう2年が経った。人の攻撃を受けていたこの島を住める様にするまでアルヴィスの人間は寝る間も惜しんで働いた。
2人もまた、ファフナーに乗り作業の手伝いに明け暮れた。あっという間の2年だった。ようやく色々な事を考え、様々な思いに浸れる様になった。
そしてこの2人もまた、新たな分岐を迎えようとしていた。
「一騎もね、」
「そうか?」
そう言って一騎は自分の髪を触る。
「そしたら、またナマエが切ってくれないか」
「・・別に、いいけど」
頼むよ、と言って一騎はその場に寝転んだ。
「こんな所で寝たら溺れるよ」
「海の上で寝た奴が言うのか」
一騎の言葉にナマエはう・・っ、と言葉を詰まらせた。
「懐かしいね」
ナマエは顔を上げて海を見つめた。
「そうだな」
一騎はそのまま目を閉じる。
「あ、だから寝るなってーーわあ!」
手を砂浜につけて一騎の方を向いた瞬間手を取られた。
「ったあ・・何すん、のよ」
「やっと顔見たな」
目を開けると、目の前には一騎の顔と、少しの空が見えた。
「い、いっつも見てるでしょ・・ってかどきなさいよー!」
ナマエはそう言って目を閉じて顔を背ける。
「なんだ、照れてるのか」
「ち、ちが・・!」
そう否定しようとナマエは一騎の顔を見て、そしてすぐに後悔した。
「ナマエ、」
「・・っ」
1度見つめ合えば、その優しい目を離せない。
「ん、」
握られた手のひらを僅かに動かす。すると絡み合う様に手を重ねた。
「・・好きだよ、ナマエ」
「・・本当、ずるい奴」
離した唇で一騎はそう囁く。その本当の意味を知ったのは戦いが終わってからしばらくした日の事だった。
『順番が逆になったけど』
そう言って切り出された言葉。
『俺はナマエが好きだよ』
双子の兄妹としてじゃなく、一騎はそう言って笑った。
『私も、一騎が好きだよ』
ナマエも双子の兄妹としてじゃなく、そう付け加えて笑った。
「本当は、島に帰ってからにしようと思ったんだ」
突然そう言う一騎に、ナマエはなんの事だと首を傾げた。
「結婚しないか、俺たち」
「!」
さらっと、でも真剣な瞳で一騎はそう言った。
「まぁ苗字も変わらないからあんま実感とかないかも知れなーー!」
一騎の言葉が終わる前に、ナマエは一騎の首に抱き付いていた。
「・・ぐすっ」
「なんで泣くんだよ」
そのままナマエの背中を支えて起き上がる一騎。
「俺と、結婚してくれますか」
ナマエの手を握って、一騎はそう言った。
「・・はいっ」
ナマエは頬に涙を伝せながら、微笑んでそう答えた。
海辺で再び1つになる影に、祝福するかの様に波が音を立てる。
「一緒に父さんの所へ行こう」
「うんっ」
2人立ち上がって海を眺めた。まるで遠い島に眠る人達に伝えるかの様に。
その手は、堅く結ばれていた。
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