85 希望


「行くぞ!!」

総士の掛け声と共にナマエは立ち上がった。

「今更だが良いものだな、仲間に指揮を預けて戦えるという事は・・!」

総士は高ぶる感情を表す様にそう言った。

「・・少し、分かる。"私"もそうだったから」

変わらず淡々と言うナマエに、総士は僅かに目を細めた。

(ああ、知っている)

君がどれほど皆と同じ様になりたかったかを。その痛みと悲しみの大半を知っているつもりだ。

大切な人に嘘をつき、背を向けた事。それによってどれほど君が傷付いたかも。

だけど不謹慎だが、僕は嬉しかった。僕にだけ見せる表情が。例えそれが悲しみに満ち溢れたものだったとしても、だ。

君は、君だけが僕と言う存在を肯定し続けた。

一騎によって"僕"になった僕。島のコアの為だけでない存在になった僕に、お前たちは帰る場所をくれた。

帰りたいと、思える場所を。

「ありがとう、ナマエ」
「・・突然過ぎる」

ナマエの言葉に総士は笑った。

「すまない、これは君の役だったな」

ありがとう、と君に何度言ってもらっただろうか。知っているか?君にその言葉を言われる度、僕はここにいる事を許されている気がしたんだ。

まるで、太陽だった。

当たり前の様にそこにいて、当たり前の様に皆を照らし続ける暖かな光。

一騎と僕の道標。

もっと君の暖かさを感じていたかった。お前たちの輝きを見ていたかった。

「・・いた、」
「行け、ナマエ!止めは僕が刺す!」

その言葉にナマエがスピードを上げる。

「・・ここで終わりだよ」

空に閃光が走る。それは一瞬にしてシールドを破壊し、ミールを同化しようとしたヴェイグランドに突き刺さった。

「総士・・!」
「ああ!」

そして総士はその手をヴェイグランドに突き立てる。

「分かるか、コアの亡霊よ!これが痛みだ!僕がお前たちに与える祝福だ!!」


ーーーパリン


高い音がニヒトの手の中で鳴った。そしてヴェイグランドは一瞬にして消えていく。

その瞬間、ニヒトは崩れる様にその場に座り込んだ。

「・・これが、辿り着いた未来。怖いかニヒト、僕もだ」
「・・・」

そしてニヒトのコックピットにナマエが現れる。

「もう、私でも止められない」
「ああ、いいんだ」

存在が消える事の恐怖、痛みの滑稽か。総士が呟く。

「・・・」
「手を、握ってくれるのか」

結晶の生えた手を掴み、ナマエは静かに総士を見つめた。

ーーー全てを受け入れ、世界を祝福する時、誰もが希望に満ちた未来を開く。

ーーーそれはいつだって信じていい未来なんだよ、総士。

織姫の声が2人に届いては彼女の存在ごと消えていった。

「何か、伝える事は」
「伝える事、か」

ナマエの質問に総士は顔を上げた。

「ナマエ、僕は」
「!」

そう言って引き寄せて唇を重ねた。それにナマエの瞳は大きく開かれた。

「・・っ」
「仕返しだ、僕の心を動揺させたな」
「そう、」


ーーーパリン


そして、総士だったものは砕けて消えていった。







「ん・・」

一騎は失っていた意識を取り戻し目を開けた。

「フェストゥムの世界・・」
「その入り口、存在と無の地平線だ」

呟いた言葉に聞き慣れた声で答えが返ってきた。

「総士?」

一騎は辺りを見回す、するとゆっくりと堕ちていく総士の姿があった。

「僕は今度こそ地平線を越えるだろう。無と存在の調和を、未来に託して」
「待て、総士。俺もーー!」

総士の言葉に一騎も後を追おうとする。だが2つの存在が一騎を引き止めた。

「甲洋、来主・・」

一騎の両腕を微笑んだ2人がしっかりと掴む。

「未来へと導け一騎、ナマエと共に」
「総士、」
「幸せにしてやれ」

総士の言葉に、一騎はああ、と呟く。

「彼女はもう大丈夫だ」
「総士・・?」

総士はそう言って瞳を閉じた。

『そう、し・・っ!』

(最後に、彼女に呼んでもらえてよかった)

そう微笑んで総士は一騎を見つめた。

「互いの祝福の彼方で会おう、何度でも」
「ああ、総士・・必ず」

そして総士は微笑みながら地平線の彼方へ消えていった。

「・・ナマエ、」

海神島へ戻って来た一騎、甲洋、操はミールの柱に半分埋もれたニヒトを見つける。

一騎はその中にナマエの存在を感じていた。

「!」

ゆっくりとコックピットを開ける。

「かず、き・・っ」

そこには、涙で目の下を赤くしたナマエと、ナマエの腕の中で眠る総士のシナジェティックスーツをまとった赤子がいた。

「ナマエ、その子は・・・それより心が!」

一騎の言葉にナマエは涙を流しながら微笑んで腕の中の子を見つめた。

「総士だよ、総士が私の心を掻き集めてくれた」

あの時の言葉通りに、そう言ってまた頬に涙が伝う。

「ありがとう、総士・・」
「・・っ」

一騎は思わず赤子ごとナマエを抱きしめた。

「俺たちで育てよう、総士を」

一騎の言葉にナマエは片手を一騎の背に回した。

「うん・・っ」

彼らの島は眠った。遠い遠い場所から来たミールと共に。

だが彼らは誓った。皆のいる、僕らの島へ必ず帰ると。

希望は手の中にある。それはいつでも、どんな時でも、全ての人の中に。













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