81 雨
翌日、喫茶楽園ではパイロットとコアが集まっていた。
昨日一騎とナマエが帰って来たが、激しい戦闘にパイロットのほとんどが倒れ、ナマエに会った者はいなかったからだ。
「ちょっと一騎、ナマエはまだなの」
咲良が痺れを切らした様にキッチンで作業をする一騎にそう言った。
「ああ、寄り道してるみたいだな」
こっちに向かってる気配もないが、とは言わなかった。
「咲良、でも報告ではナマエは心が」
「関係ないわよ」
剣司の言葉を遮って咲良は言い放った。
「長旅から親友が帰って来たんだ、お帰りくらい言わせてよ」
咲良の言葉に皆が押し黙る。
「あれ、まだナマエ先輩来てないんですか」
楽園の扉が開く、そこには傘を持った里奈がいた。
「里奈先輩、休んでなくていいんですか」
彗が真っ先に里奈に駆け寄り支えようとした。
「大丈夫!暗くしたって、暉は帰って来ないもん」
里奈の言葉に皆が俯いた。昨日の戦闘で暉が同化で消えてしまった。皆が己の無力さを嘆き、拳を握った。
「あ!別に雰囲気悪くしに来たんじゃないんですよ!私も、ナマエ先輩に会いたくて・・」
まだいないみたいだけど、と里奈は椅子に座った。
「俺、探してくるよ」
雨も降ってるみたいだし、そう言って一騎は楽園を後にした。
「ナマエ、」
「・・・」
彼女はすぐに見つかった。母さんが好きだと言っていた丘に、彼女は空を見上げて立っていた。
「風邪引くぞ」
そう言って自分の傘にナマエを入れる。それでも彼女は振り返らない。
同化で消えて短くなった髪からポタポタと止めどなく雫が零れ落ちる。
「ナマエ、」
「敵は来ないの」
ナマエの言葉に一騎は眉をしかめた。
「今は来てない、だから戦う必要はないんだ」
「そっか」
未だ空を見上げ続ける彼女に、一騎はタオルを肩に掛けた。
「皆が店で待ってる、」
「・・・」
「行かないのか」
「皆が待ってるのは、私じゃない」
その言葉に今度は一騎が黙ってしまった。
「悲しみは、好きじゃない」
「ナマエ・・」
僅かにナマエの横顔が見えた。その頬に伝うのは降り注ぐ雨か、それとも
「後悔してるのか」
「後悔は、していない」
でも、とナマエは言葉を続けた。
「きっと"私"が望んでない」
ふと一騎の脳裏にナマエの言葉が浮かんだ。
『私の心がなくなった時、それが私の終わりにして欲しいの』
雪の降る日、彼女はそう言った。
「ごめんな、約束護れなくて」
一騎の言葉にナマエは何も言わない。
「何故空は泣いてるの」
両手を広げて、傘からはみ出した手のひらにポツポツと雨が流れる。
「だから私も、悲しいの」
「ナマエ・・」
一騎が手に持った傘に力を入れた。するとナマエがようやく一騎へと振り返った。
「だけどお前が悲しむ事、"私"は1番それを望まない」
「・・っ」
「泣かないで、一騎」
心を共有すると言うのは厄介だ。意志1つでクロッシングの様に表面的なものに出来るにせよ、彼女は双子の片割れ。
涙は出ずとも、その心が何を感じているかを察知するのは容易過ぎた。
「髪、随分短くなったな」
顔の横で揺れる濡れた髪に触れた。
「命の弱い部分から同化し消えていく、だから強くも脆く、儚い心が先に私の中から消えていった」
その途中で島のミールが私をここに留まらせた、とナマエは言う。
「だから完全に消えず、私の心は今もこの空を彷徨ってる」
自分の心を、記憶を、他人事の様に言う彼女が切なくて堪らなかった。
「戻るのか」
一騎のその質問にナマエは問う。
「戻って欲しいの」
「!」
彼女の心が戻ったら今の彼女はどうなる?同じ人物のはずだ。ナマエを完全なフェストゥムにしたのはただの因子。心を持つ事などあるのだろうか。
それとも、微かなものでも失う事を恐れたナマエの心がそれを言わせてるのだろうか。感情の読み取れないナマエからは分からなかった。
「お前はどう思ってるんだ」
「私?」
そこで初めて、彼女は首を傾げた。自分の存在を考えてなかった。自分の中に残る"自分"が自分で、その僅かに残った彼女の意志の範囲内でなければ答えられなかった。
「分からない。心が戻った時、私に単純に心がプラスされるのか、それとも私は弾かれ消えるのか」
「そうか」
「大丈夫、」
そう言ってナマエはまた空を見上げた。
「私は"私"の意志に従うだけ」
にわか雨が降り注ぐ中で、彼女はそう言った。
「帰ろう、俺と"お前"が望んだ場所へ」
「!」
あえてそう言う言い方をした。彼女が望むなら"彼女"の欠けてしまった意志を彼女に伝えてやればいい。それを彼女たちが望むなら、そうしたいと思った。
1つの傘に2人並んで手を繋いだ。彼女の横顔が、ふと微笑んだ気がした。
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