76 幸せ


「・・すー、はー」

ナマエはコックピットに乗り込み、深く深呼吸をした。その中には島の空気が満ちている気がしたから。

「お母さん、私頑張るよ」

そして、お母さんたちのいる島へ帰るから。そう胸に手を当てて呟いた。

帰る場所、それがナマエを生へと突き動かした。人は目の前ある当たり前のものに感謝はしても執着はしない。

だがその素晴らしさ、美しさ、尊さ、そして儚さを知った。もう1度、それは人間の愚かな欲でもある。そして、明日への希望でもある。

「これが、恋なんだね」

触れた唇がやけに愛おしかった。そんなもの知る事も感じる事もないと思っていた。

知って尚、知らなければ良かったとさえ思った。こんなに苦しいものを、人は美しいと呼ぶのかと疑問に思った。

だけどこの胸に落ちていく温もりを、きっと人は美しいと呼ぶんだと思った。私を、私でいさせてくれる人。

「それが貴方で、本当良かった」

思い浮かべた顔に、つい顔も心も綻んだ。

「私はまだここにいる」

今までの私に感謝した。そして私を織り成す全ての人々に。今まで過ごした1分1秒、どれも捨てられない大事な思い出。

「ありがとう」

まだここに、心がある事に。

そう呟いてナマエはニーベルングシステムに指を通した。

「遅かったな」

すかさず総士のクロッシングが入った。

「ごめん、でも大丈夫」

行ける、その言葉に総士はフッと笑う。

「一騎効果か、」
「え!?な、なによ急に!」

慌てるナマエにいや、と首を振った。

「行くぞ!」
「よし、いっけー!ゴーバインー!」
「いや、それは・・まあいいか」

総士は諦めて先に出たナマエの後を追った。

(お前たちが笑っていられるなら、僕はそれで)

そして空に異常が現れる。

「やはり来たな」

一騎、総士、ナマエが大型のアビエイターの前に立ちはだかった。

「ここで、終わらせる・・!!」

ナマエが先陣を切って突っ込んで行く。

「ナマエ!」

それに続いて一騎がルガーランスを突き立てる。

「うああああああ!!」

その時、総士は新たなフェストゥムの反応をキャッチした。

「敵だ、港にもう1体現れた!」
「行け!総士、こいつは俺たちでやる!」
「頼むところか命令か、援軍が来るまで凌げ!」

そして総士は港へと向かった。

「ここまで命が残った、必ず島へ帰るさ」

そして戦いは続く。

「はあ、はあ・・っ」

動きを止める事なくナマエは周囲の敵の群れを倒し続けた。

「・・っ、!」

ドクン、ドクンと大きく胸が鳴る。

「消え、かけてるの・・?」

だけど、そう言ってナマエは目の前の敵を見据えた。そこには一騎と戦うアビエイターがいる。

「私はまだ、ここにいる・・!」
「ナマエ!」

そして2人は同時に地面を蹴り上げた。

「「うああああああああ!!」」

アビエイターの攻撃を避けながら進んで行く。

「っ!!」
「っ、一騎!!」

だが激しい同化現象が一騎を襲い、その痛みがナマエにも走った。

一騎の右手はニーベルングシステムごと同化され、肩から血が溢れ出した。

「構うな!!」
「っ!!」

一騎の言葉に2人は勢いを落とさず突き進む。その同じ時、総士も一騎の同化現象を感じていた。

「・・くっ」

脳に走る痛み、手のひらの結晶化、遂に総士も本格的な同化現象が始まった。

「空に、もう一体だと!?」

そして総士は空にもう一体のフェストゥムを確認する。それは上空を流れて何処かへ向かっていく。

「!」

その気配を感じ取ったナマエは、僅かに胸をなでおろした。

「来てくれたんだね、ありがと」

そして目の前に迫った敵に、己の力を注ぎ込んだ。一騎が前方から、ナマエが後方から刃を突き立てる。

「一騎!!」

だが2つの刃が貫いたと同時に、一騎はアビエイターに捕まる。

「消す事しか知らないんだな、お前!」

そして2人は唱える。

「お前は、俺だ」
「・・私は、お前だ!!」

そして巨大なフェストゥムが同化の結晶に包まれ、地に落ちていく。

「一騎・・っ」

落ちた衝撃で身体が痛む。一騎も意識を飛ばしてる様だ。

「かず、き・・、っ!」

そして一際大きく胸が鳴った。

「あ、」

そして金色に輝く身体。

「・・残念、あと少しだったんだけどな」

自分の機体を抜け、一騎のコックピットへ移る。右腕はなくなり、一騎はやはり意識を失っていた。

「一騎、」
「!」

飛び起きる様に一騎は目を覚ます。

「ナマエ!お前・・っ」

光るナマエに、言葉を失う一騎。

「私の最後の力、使って」

途端、パリんと結晶が砕け、ルガーランスにはアビエイターの命が刺さっていた。

「私、幸せだったよ」
「ああ、俺もだ」

地面から沸々と熱が生まれ、命と2人を乗せたザインを飲み込んでいく。

「ナマエ!一騎!!」

それに気付いた総士が声を上げる。そこには溶け出すザインと同化によって金色に光り消えていくナマエの名もなき機体だった。

それを見て総士は悟る。ザインは元の1つの姿に戻り、ザインの中には一騎とナマエ、2人がいる事を。

「やめろ!一騎!ナマエ!!」

総士の声が聞こえた。ナマエは一騎の膝で最後の力を込めて祈っていた。

その手を、一騎がギュッと握る。

「1人になんか、させない」
「一騎・・っ」

既に身体からパラパラと欠片が舞い、髪の端からその姿を消していっていた。

「あのね、一騎・・私、もっとこうしてれば良かった」

そう言って一騎の胸に頬を寄せた。

「・・俺もだよ」

そして同じ様に一騎も頬を寄せる。

「一騎、私・・一騎の事がーーー」

伝った涙さえ、瞬く間に光り輝いては消えていった。












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