74 熱
その後、1ヶ月間はまさに地獄の様だった。
敵は人類軍、フェストゥムだけではない。冬が訪れ、食料が切れかけていた。
「また、命が消えた」
外に出て空に両手を向けた。汚れていない真っ白な雪が落ちては溶けていく。
吐く息は白く、少しでもいれば手足の感覚は直ぐになくなった。
「風邪引くぞ」
「・・一騎」
そう言って肩にブランケットが掛けられた。ナマエは1度一騎に視線を移して、また直ぐ空へと戻した。
「また命が消えてった」
「・・そうか」
「悲しいのに、涙が出ないの」
一粒の雪がナマエの頬に触れる。それは冷たくて、でもそれは生きているからこそ感じられる感覚で。
「私もう、心がなくなっちゃったのかな・・一騎」
「・・っ」
空を見つめ続けるナマエを後ろから抱き締めた。
「一騎、お願い」
「・・なんだ」
ナマエの肩に顔を埋めながら一騎は問う。
「私の心がなくなった時、それが私の終わりにして欲しいの」
「!」
このままだと身体の前に心が消えてしまう。フェストゥムでも心があれば皆といられた。だけれど、心がなくなってしまったら・・
「ううん、心がなくなった私を、皆に見せたくないの」
そう話すナマエの脳裏には島の人々が浮かんだ。もう長い事会っていない気がして、思い出しただけで泣きたくて、会いたくて仕方なくなった。
「願うなら・・もう1度だけ、皆に会いたい」
「会えるさ、一緒に帰ろう」
俺たちの島へ、そう言った一騎の言葉にナマエは頷いた。
「また咲良に怒られちゃうしね」
「今度はカノンもいるしな」
それは大変だ、とナマエは笑った。そして2人で空を見上げた。
「お前の心は、まだここにあるよ」
だから大丈夫、背中から伝わる熱と言葉に、ナマエは強く頷きながら涙を溢した。
「一騎・・っ」
ナマエは振り返って一騎の胸に顔を埋めた。1度溢れたそれは、とめどなくナマエの頬を濡らす。
「皆に、会いたい・・!」
「ナマエ・・」
覚悟を決めたはずだった。この島外派遣を決めた時、既に皆と別れる事を。限界だった、何より心が。
「これ以上、誰かがいなくなる所を見てられない!」
消えていく命を感じるのに、何も出来ない自分がもどかしい。
「もし、島の誰かがいなくなったら、一騎が・・いなくなったら!」
ナマエの悲痛な叫びが、静かなこの土地に響いた。
「私・・!わた、し」
「・・・」
ふと、優しく一騎が頬を包み込んだ。冷たい風が吹いて、2人は身体を寄せ合う。
「・・っ」
触れ合った唇に、ナマエは瞳を閉じた。
痛みも悲しみも、今だけは忘れさせてくれと願う様に。
頬を伝う涙が、優しく、温かく感じた。
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