73 救世主


「どうして」

新たな目的地への旅の途中、エメリーは艦内の廊下を歩くナマエに疑問を投げ掛けた。

「何故拒まないんですか、皆の声を」

貴女は出来るはずだとエメリーは言う。そんな言葉をナマエは他人事の様に聞いていた。

「このままでは本当に何もかも失ってしまう」
「私を心配してくれているの?」

その言葉にエメリーはハッとした。思ってた以上に感情が欠落していたからだ。

「・・大丈夫、ありがと」

そしてふと、笑った。それは彼女の笑顔だった。

「日に日に私が私である時間が減ってる」
「・・はい、 見えます。貴女と言う存在が、消えかけているのが」

胸に手を当てて自分の存在を確認する。それは余りにも弱々しく、脆い。

「よりによって、1番消えないで欲しいものが消えるなんてね」

ナマエは自嘲する様に笑った。

「心を強く持って、ナマエ」

ミールにも、心は治せないから。とエメリーは忠告する。

「ナマエ、そこにいたのか」
「あれ、探してたの?」

そこに現れた一騎の言葉に首を傾げるナマエ。そして一騎はエメリーに視線を向けた。

「何の話しをしてたんだ」
「世間話、」

一騎の言葉にナマエはおどけて言う。

「女子トークだよ、一騎」
「・・そうか」

そう言って笑うナマエに、一騎は少しホッとした様に笑い返した。

「!」

すると突然、エメリーが2人の手を取ってそれを重ねた。

「凄く、強い絆を感じる。お互いとても想い合ってる」

瞳を閉じてそう呟くエメリーを、2人は黙って見つめた。

「ここに家族が、大切な人がいる奇跡を、どうか忘れないで」

エメリーの言葉に2人して頷いた。ギュッと互いの手を握り合って。

「・・貴方たちの祝福は、」

エメリーはそこまで言ってふふ、と笑った。それに2人は顔を見合わせて首を傾げた。

「俺たちの祝福は・・?」

先を促す様に一騎は繰り返す、その先の言葉をナマエも待っていた。

「ごめんなさい、これは私からは言えない」

でもね、とエメリーは続けた。

「貴方たちの終着地点は、とても安らぎに満ちたものだよ」

それが近い未来なのか、遠い遠い未来なのかは分からないけれど、2人で寄り添う姿が見えるとエメリーは言った。

「・・ありがとう、それが聞けただけでも安心した」
「うん、悲しい終わりでない事がただ1つの願いだから」

私たちも、世界も。

そこにはきっと自らの意志があるのだろう。だからきっと、どんな結末だろうとも笑っていられる。2人、一緒なら。

「こんな近くに、こんな大きな希望があったなんて」

噛み締めるように言うエメリーに2人は顔を見合わせた。

「まさに、貴方たちは"救世主"なんだね」

顔を上げたエメリーは笑っていた。涙を溢しながら。

「エメリー、」

その小さい身体にどれだけの物を詰め込んでいるのだろう、とナマエは思った。

彼女は過去も、現在も、未来も背負ってここに立っている。それは家族を大切だったもの全て無くしてしまった彼女には余りにも過酷な道だった。

「!」
「ごめんね、私はこんな事しか思い浮かばないの」

そう言ってナマエはエメリーを抱き締めた腕に力を入れた。

「私、お母さんに抱き締めてもらった時、不安とか恐怖とかそう言ったマイナスのものがね、身体に溶けて行く様な気がしたの」

生きる心を持てば必ず降り注ぐもの。人は心がある故にそれを拒絶し、身体の中で別のものとして隔離してしまう。

「全てがその人の一部だと、教えてもらった気がした」

負の感情を抱いていると思うから辛くなる、自分を否定したくなる。でもそれは違うと、教えてもらった気がした。

「運命を受け入れる事は時に凄く怖い事。でもそれはおかしな事じゃないんだよ」
「・・っうん、ありがとうナマエ」

貴女の腕は、母にとてもよく似ている。エメリーはそう言ってナマエの腕の中で涙を流し、そして笑った。










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