72 苦しみ
そして彼らの大きな分岐点が始まった。
先へ進む部隊を見送り、ただその時を待った。そしてそれは訪れる。
「来たか」
「待ってた、ずっとお前を・・!」
激しく渦巻く天候。それは雷を伴い見渡す限りの空を染めた。
「今、全部返してあげる・・そして死ね!!」
そしてその姿を表す瞬間、一騎とナマエは同時に駆け出した。
「「うああああああああ!!」」
2本のルガーランスがフェストゥムを襲う。
「絶対与えてやる!死んだ人の痛みも、失った者の悲しみも!」
空での攻防戦が続く。すると3人へ一方通行のクロッシングが聞こえた。
「美羽ちゃん!?」
「くそ、襲われているのか!?」
一騎と総士が美羽の声を聞いて目の前のフェストゥムから距離を取る。
「!」
だがナマエはそのままフェストゥムへと刃を向ける。
「総士!行け!お前なら行ける!」
「くっ、しかし!」
一騎の声に総士は足踏みした。ナマエが完全に我を忘れていたからだ。
クロッシングから伝わる感情。苦しみ、悲しみ、そして憎しみ。
「絶対、許さない!っどうして・・!」
混乱しながらも戦うナマエ。近付きたいのに理解されない。何を伝えればいいのか分からない、そんな感じだった。
「いいから行け!総士!」
「・・分かった、無茶はするなよ」
そして総士はニヒトと共に皆の元へと消えた。
「不思議だな」
一騎は戦いながら思う。ナマエと共に戦うのはこれが2度目だ。
だけどナマエの動きが分かる。次に何をするか、何をしたいかが理性を失っていても分かった。
それは彼女も同じ様で、考えている時間も理性もない。だけどもう長い事肩を並べて戦っていた様な、そんな不思議な気持ちになった。
「!、なに!?」
ふとナマエが足を止めて上空を見つめた。それに釣られて一騎も空を見上げた。
「なん、だ・・あれは」
そこに見た金色の影。それは間違いなくフェストゥムで。
「!?」
その瞬間フェストゥムが大きなワームスフィアを作り出す。
「逃げる気!?」
「ナマエ!!」
追いかけようとするナマエの腕を掴む。
「離し、!!」
そしてそれは爆風と共に姿を消した。
「終わらせられると、思ったのに・・っ!」
「ナマエ・・」
そして皆の元へと戻った2人が目にしたのは、余りにも辛い現実だった。
「・・人の意志を感じる」
ふとナマエが呟いた。
「あの空にいた奴も、人の気配がした」
人知れず呟いてギリっと歯を食い縛る。そしてそれは正しかった。
この日の戦闘で広登が人類軍に拐われた。生きていると言う希望を持って、竜宮島一行は前を向いた。
だが被害の殆どは人類軍による爆撃によるものだった。誰もが嘆き、絶望し、自ら命を捨てる者も後を絶たなかった。他でもない人からの裏切りを前にして。
そして新たな目的地を設定した一行は動き出す。しかしその後のキャンプ地で悪意のある人間が3人紛れ込んでいる事が分かった。そして彼らは、一騎を探しているという事も。
「なにしてんの?」
ナマエが呆れた声を出した。そこにはコンテナの入り組んだ場所に隠れている一騎と、その一騎の髪を物差して測りながらハサミを構えた総士がいた。
「見て分かるだろう、散髪だ」
「はぁ、私がやる」
それじゃあ夜が明けるどころか、また夜が来るとナマエは言う。
「こんなの、大体でいいの」
「こんなのって・・大丈夫か」
ナマエの物言いに不安を覚える一騎。
「・・私、一騎の髪に触れるの初めてかも」
ふと、切りながらナマエが呟く。
「まあ、確かにな」
そう言って一騎はフッと笑った。
「サラサラなんだね、一騎の髪」
「そうか?総士の方がサラサラな気がするけど」
「僕はくせっ毛だ」
総士の言葉に一騎はそうなのか?と呟く。
「もうちょっとで終わるよ」
「・・ああ」
ナマエのその言葉に少し寂しさを一騎は覚えた。彼女に髪に触れられている事がこんなに心地いいものだと思わなかったからだ。
それはナマエも同じだった。ただ髪に触れているだけなのに、何故か胸が締め付けられた。
一騎が言う様に髪も生きている、と思うからだろうか。先日の戦いの名残が残っていたのかも知れない。
「じゃあ、私は行ってくるね」
髪を切り終えたナマエが足早に背を向けた。
「どこに行くんだ?」
「スパイがいるんだ、君もここへいるといい」
「・・だよ」
背を向けたナマエの呟きは掠れて2人の耳に届かなかった。
「敵がいるから、だよ」
「ナマエ・・」
「私が必ず見付ける、だから2人はここにいて」
鋭い目を見えない相手に向けるナマエ。
「相手は重要な情報を持っている可能性が高い、殺すなよ」
「・・考えとく」
そう一瞬総士を見てナマエは行ってしまった。
「総士、ナマエは・・」
「ああ、1つの意識に執着している」
憎しみなら憎しみしか持たないフェストゥムの様に。2人は言葉にせずとも分かっていた。
確実にナマエの人格が変わってしまってる事に。それは重なる惨劇を見ていれば当然のことかも知れない。
フェストゥムに近付けばより多くの人の心が彼女には映し出される。こんな状況だ。その大半が負の感情だろう。
それをあの大きくはない背中で背負っている。だから戦う。だが戦えばフェストゥムに近付き感情の影響を受け易くなる。そんな悪循環が彼女を蝕んでいた。
そして医務室にて1人が拘束される。2人目は医務室を出た先で囲まれた。
(あと1人、)
ナマエは心を鎮める、だが潜入した人類軍への憎しみで頭の中が埋め尽くされる。
ーーー皆城!
ふと聞こえたエメリーからのクロッシング。そこから僅かに見えた銃口を向けられる一騎の姿。
「「一騎!!」」
瞬間、ナマエと総士の声が重なり、1つの銃声が聞こえた。
「・・っ」
瞬間的に一騎の所へ移動し、庇うように抱き付いたナマエ。ナマエはそのまま涙を溢れさせた。
「こんな思い、一騎にさせたくなかったに・・!」
「ナマエ、」
人からの敵意、それを肌で感じて欲しくなかった。人の為に戦う彼らにとって、それほどに悲しい事はないから。
「ごめん、一騎・・ごめんね・・っ」
「ナマエ、俺は大丈夫だ」
護ってくれて、護ろうとしてくれてありがとう。一騎はそう言って抱きしめ返す。震えた背中が、いつもより小さく感じた。
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