69 頬


「・・どうして残ったの」

やがてナマエが重い口を開いた。

「昼間、帰って来た時何か言い掛けただろ」
「・・別に、大した事じゃないよ」

溝口に掻き消されてしまった言葉。それに対しナマエはギュっと自分の膝を抱き寄せてそう言った。

「そうか」

一騎はそう言ったまま彼方の地平線を見つめる。

「ナマエ、今何考えてるんだ」
「・・今?」

一騎の唐突な質問にナマエは戸惑いながら首を傾げた。

「もっと知りたいんだお前の事」
「・・一騎が1番よく知ってるでしょ、双子として育って来たんだから」

ナマエの答えに、確かに、と一騎は小さく笑う。好きな物、嫌いな物、癖、全部言える。だけど今知りたいのはそう言うのじゃない。

「俺が知りたいのは、ナマエが何を考えて、何を思っているかだ」
「私が思ってる事・・」

一騎の言葉を呟くナマエ。そんなナマエを見て一騎は言葉を続けた。

「じゃなきゃ俺はまたお前を傷付ける」

自分の知らない間に、一騎のその言葉にナマエは勢いよく顔を上げた。

「私は、一騎に傷付けられてなんか!」
「手、貸してくれるか?」

声を上げるナマエに、一騎はナマエに向かう様にして座り直した。

「手?」

一騎の言葉に疑問を持ちながらもナマエは手を差し出した。

「!」
「・・ちょっと、ズルかったか」

ギュッと握られた右手。驚くナマエに一騎は苦笑いを浮かべた。

「お前の考えてる事、悩んでる事、不安に思ってる事、全部この手から伝わればいいのにな」
「一騎・・」

ナマエの手を握る一騎の手が僅かに握り返される。

「私、最近変じゃないかな」
「変?」

ポツリと溢れた言葉に一騎は首を傾げた。

「戦いとかってなるとね、身体が熱くなる。ファフナーに乗ってなくても」
「!」

一騎は瞬間的に総士との会話を思い出していた。

『変性意識か?』
『まさか、ファフナーに乗ってる時ならまだしも降りている時に起こるなんて事ないだろ』
『そうだな、常に変性意識が働いてるとなれば同化のスピードは凄まじくなる。なんせ常に同化現象が進行している様なものだからな』

数日前に総士と冗談交じりで話していた事だ。一騎はサーッと血の気が引いていく感覚がした。

「一騎?」
「あ、ああ、ごめん」

続けくれと、言う一騎の言葉にナマエは言葉を続けた。

「今日も命を奪ってた。躊躇いもなく、まるでそれを楽しんでいるかの様に」
「・・・」
「終わってからハッとしたの、こんな簡単に殺してしまうなんてって、」

そう思ったら手が震えて止まらなかった。いつか誰かを傷つけてしまうのでは、命を奪う事に何も感じなくなってしまうんじゃないか、と思ったからだ。

「大丈夫だ」
「なんで、そんな事!」

言えるのか、って反論しようとして顔を上げた。でも一騎の顔を見た瞬間、ナマエは何も言えなくなった。

「俺がお前の近くにいるよ、誰も傷付けないですむ様に」
「一騎、」

一騎が余りにも優しく笑うから、ナマエは涙が出そうになった。

「ありがと、一騎」

握った手に力を込めた。その結び目に一筋の涙が伝って、一騎は距離を縮めた。

「泣くなよ、」
「・・うんっ」

一騎の指がナマエの頬に触れる。ナマエは目を伏せて一騎の言葉通り涙を止めようとした。

「一騎?」

ふと目を開いた瞬間、至近距離で目があった。一騎は握った手も包み込んだ頬も離そうとはしない。

「かず、き・・」
「ナマエ・・」

その瞬間、月明かりで出来た影が、1つになった。

「・・・」

目を開けたまま動かないナマエからゆっくりと唇を離す一騎。

「ほら、そんな泣いてちゃ星も見えないだろ」
「う、うん・・」

そう言って顔を離し再び星空を見上げた一騎に、ナマエは戸惑う。一騎の唇に触れられた頬が熱を持って仕方ない。

一騎が握る手に力を込めて、ドキッと胸が鳴る。恐る恐る一騎を見ると、一騎はまだ空を見上げたままだった。

(泣き止んだって、空なんか見えないよ)

ナマエの心の声は、夜の空気に溶けて消えた。









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