66 同じ
「その後、彼女の様子はどうだ?」
輸送機での移動が続く中、いくつ目かのキャンプ地で総士は一騎に尋ねる。
「どうって、」
「あー!こんな事なら保さんのパイロット育成教材読んどくんだったー!」
「・・あんな感じだ」
少し離れた所にいるナマエの叫び声に、一騎は指を指す。
「はあ、おい一騎、変な事吹き込まれない様にしろよ」
「え・・、あ!」
と思って一騎が振り返った時には既に遅かった。
「この2代目ゴーバインにお任せあれ!」
「おお!広登がいたわ!」
そんな2人の横で真矢と暉は苦笑いを浮かべている。
「・・楽しそうだな」
「楽しいとは少し違うな、今までお前が受けた痛みを感じる事しか出来なかったから、嬉しいんだろ」
不謹慎だとは思うがな、と総士は付け加える。
「それ、ナマエが言ったのか」
「僕も同じだから、と言った方が分かりやすいか」
総士の言葉に一騎はああ、と納得する。
「それに、」
そこまで言って総士はナマエが島外派遣に志願すると話した日の事を思い出した。
(もう、忘れよう)
だが直ぐに思考を遮る様に首を振った。
混乱し、戸惑い、自暴自棄になっていた彼女の行動を問い質すことに意味はない。
当の本人も幸か不幸か、忘れ去ってしまっている様だ。それを今更言った所でいい結果が得られるとはとても思えなかった。
「それに?」
言葉を詰まらせた総士に一騎は首を傾げる。
「一騎、1つ聞くが」
「な、なんだ?」
総士の真剣な瞳に一騎は思わず姿勢を正した。
「お前、ナマエにキスはして」
「な!に、言ってんだ!?」
総士の言葉に慌てて口を塞ぐ一騎。周りをキョロキョロと見回す一騎に、総士は疑いの目を向けた。
「し、してる訳ないだろ!・・しようとした事はあるけど」
なんかボソッと聞こえた気がしたが、要は未遂に終わってるという事だ。
「・・そうか、」
「総士?」
一騎の手を離して総士は呟く。口元には僅かに笑みが溢れていた。
(すまない、一騎)
心でそう呟いた。そう思いながらも小さなご褒美をもらった様な気分だった。
「私、偵察行ってくる!」
ふと駆け足で向かって来たナマエがそう叫びながら通り過ぎていく。
「だがら搭乗は控えろと」
「煩いー!総士のばかー!」
ナマエはそのままファフナーへと走って行ってしまった。
「あいつ、最近口が悪くないか」
「あー、そうかもな」
「変性意識か?」
総士の言葉に一騎はまさか、と答える。
「ファフナーに乗ってる時ならまだしも、降りている時に変性意識は起こらないだろ」
「そうだな、常に変性意識が働いてるとなれば同化のスピードは凄まじくなる。なんせ常に同化現象が進行している様なものだからな」
でも、だとしたら何が原因だ?と問う総士にうーん、と唸る様に一騎は自分の顎に手を当てて考え出した。
「嫌われたのかもな」
「なに!?一体僕が何をしたって言うんだ!」
声を上げる総士に、一騎は冗談だよ、と笑う。
「ふん、直接聞いて確かめてやる」
「え、そこまでするのか」
「当たり前だ!」
そんな総士に一騎はやれやれと呟いた。そんな2人の元へ真矢が歩み寄る。
「なーに、2人してナマエの取り合いでもしてるの?」
2人して笑われたのをきっかけにハッとして総士はコホン、とわざとらしい咳払いをした。
「遠見から見てナマエはどうだ?何かファフナー搭乗の反動の様なものは見えているか?」
「そゆことね」
真矢はそう言って納得した後、少し間を置いて表情を暗くした。
「ナマエ、最近寝てないみたい」
「それは夜中抜け出していると言う事か」
総士の言葉に真矢は無言で頷く。
「何回か探して見たけどいなかった」
「って事は、」
「恐らく、ファフナーの中だろうな」
その結論に3人は押し黙る。
「今は僕らで注意して見てやる事しか出来ない」
総士の言葉に一騎と真矢は総士を見つめる。
「何かあったら直ぐ報告してくれ」
手遅れになる前に。最後の言葉は口には出さなかった。
もう既に全て始まっている事も知らずに。
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