65 時間
軍はシュリーナガル放棄を決定した。
これからミール、そして2万人を超える人々との大掛かりな移動が始まる。
だが戦力はとてもじゃないが多いとは言えない。ファフナー一機が落ちる度何百人もの人が犠牲になる計算式に一騎と総士は眉をしかめる。
ーーー美羽の望む全てを守りなさい。
それは新しいコアである皆城織姫の言葉だ。それに従い島に帰ると言う選択肢はないに等しかった。
だがそれを残ったメンバーは自らの意志で残ると決めた。名前も知らない彼らを護る、と。
そして長い長い旅が始まった。
「偵察部隊、私も行く」
真矢が先に出た偵察部隊を追ってファフナーで出た。それにナマエも行くと言い出したのだ。
「ダメだ、あの機体に乗って何が起こるか分からない」
だから極力乗るな、と総士は言う。
「そんなの、乗ってみなきゃ分かんないでしょ!総士のばか!」
「なっ・・!」
ナマエは捨て台詞の様にそう言って駆け出してしまった。
「総士、バカだったんだな」
「殴るぞ一騎・・」
横からひょっこり顔を出した一騎に、総士は怪訝そうに言った。
「まあ、僕も言い方がキツかったか」
「心配して言ってるの、ナマエだって分かってるさ」
一騎の言葉にだといいんだが、と呟く。
「それよりも、ナマエと話せたのか」
「な、なんだよ急に」
それどころじゃないだろ、と一騎は慌てて言う。そんな一騎に総士はため息をつく。
「世界は広い様で狭い、今後どんな出会いがあるか分からないぞ」
「どういう意味だよ」
総士の言葉に今度は一騎が怪訝そうな表情を向けた。
「のんびりしていると他の男に取られるぞ、と言う意味だ」
「直球だな・・」
そんなやり取りに一騎ははあ、とため息を吐く。
「望まないのか、今以上を」
「どう、かな・・分からない」
いや、分かってはいる。だがこの状況で色恋をどうこう言うべきなのか、と一騎は思う。
「護りたい以外の気持ちをナマエにぶつけて、ナマエは困らないのか」
戸惑って悩んで、また同じ事の繰り返しをしてしまうのでは、それが怖いと一騎は言う。
「お前は言ったな、何かを学び、何かを始め、でもそれがやり残した事になるのが嫌だ、と」
それは皆が進路を決め、喫茶楽園の前で一騎が総士に言った言葉だった。
「ナマエに気持ちを伝えるのは、やり残した事に入らないのか」
「!」
総士の言葉に一騎は目を見開いた。
「お前の気持ちはもうとっくに始まっているはずだ。なのに何もしないのか」
「それは」
「消えるから、時間が限られているからしないのか。いや、違う」
総士はそう言って一騎を真っ直ぐ見つめた。
「時間が限られているからこそ、やらなきゃいけない事なんじゃないか」
「総士・・」
総士の言葉に一騎は胸のつっかえが取れた様な気がした。もっと我が儘に自分の想いを大切にしろ、と総士は言う。
「そう言う、考えもあるんだな」
「元来人とは欲深い、そう考える奴の方が多いだろう」
「そう、なのか」
俯く一騎を横目で見る。少しは鼓舞出来ただろうか。そもそも2人は相手を想い過ぎるが故にすれ違ってきた。
それを間近で見ていたからこそ総士は思う、もういいだろと。
「そろそろ偵察部隊が帰ってくる頃だろう」
「え、ああ・・もうそんな時間か」
一騎は部屋の時計を見上げそう呟く。
「ほら、行ってこい。1秒でも無駄にする事は僕が許さん」
「なんだよそれ」
総士の物言いに戸惑う一騎、でもそれでも総士が背中を押してくれて有り難いと思った。
「ありがとな、総士」
「礼には及ばない。ほら、もう5秒が経過した」
「なっ!い、行ってくる!」
そして一騎は駆け出して行く。
「限られているからこそ、やらなきゃいけない事、か」
自分の言った言葉を思い出す。よくもまあ、あそこまで言葉が出て来たな、と自身で感心してしまった。
「僕も人の事は言えないな」
内に秘めた感情に触れる。それはきっと日に当たる事はない。
「だがそれでいい、」
2人が笑っていられれば、何も望まない。
「さて、僕も仕事をするとしよう」
そう呟いて部屋を出た。
僅かに見えた光が、大きく芽吹く様にと願いながら。
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