03 泣けない自分


「ナマエ、」

前方から歩いてくるナマエに声をかける。その声にナマエは俯いていた顔をそっと上げた。

「総士・・」

数時間前、道端で倒れたナマエをここ、アルヴィスへと運び、そして、一騎と共に戦った総士。

人類の敵、フェストゥム。

彼の顔は引き締まり、事態の重さを強調していた。一方のナマエは体調のせいか、はたまた色々な事が一気に押し寄せた事についていけてないのか、明らかに表情が暗い。

「真壁司令とはもう話したのか」
「真壁、司令・・」

繰り返した言葉にナマエは怪訝そうにした。その事から総士は粗方話しを聞いたのだと察する。

そう冷静に見ながらも、総士自身は正直驚いていた。

いつも明るかった彼女が、家族思いで友達思いで、いつでも前向きだった彼女が、父親を示す言葉にこんな明らさまに嫌な態度をとったからだ。

「・・こっちだ」

それだけ言って歩き出す。今の状況で彼女が何を聞いて何を思ったかを話してくれるとは思えなかったからだ。

そして案の定、何かを言う気力もないのか、ナマエは返事もせずにただ総士の後を追った。

「ここが君の部屋だ」

たどり着いた1つの部屋の前で立ち止まる。やはり言葉を返さないナマエを心配しつつも、それを表に出さずに総士は部屋へと入った。

そして一通り部屋の説明をし、何か質問はあるかと総士はナマエに問う。

するとようやく、今まで口を開かなかったナマエが口を開いた。

「私の、せいなの・・?」

質問の最後の方は、震えていた。

「突然敵が襲ってきて、お父さんが司令なんてやってて、人が死んで、島が壊れて・・・一騎が戦ったのも・・っ!」

(ああ、そうか)

悲痛な叫びを上げだしたナマエに、総士は妙に納得してしまった。

彼女は、自分が倒れるほどの頭痛に襲われ、知らない場所に連れてこられ、監視される事なんてどうだっていいんだ。

目覚めた時から違和感を感じ、話しを聞いてさらに不安に潰されそうになった。他でも無い、自分以外の者が傷付く事に対して。

「私・・っ、わたしが・・・!」
「ナマエ、少し落ち着ーーー!!」

頭を抱え泣きじゃくるナマエの腕を掴んだ、その時だった。

「!!??」
「っっ!!」

突然ナマエに触れた場所から急速に総士の腕が結晶化して行く。

総士は咄嗟に掴んだ手を離す。するとパリン、と高い音を立ててそれは砕けた。

「・・・」

そしてナマエも崩れる様に座り込み、放心状態になっていた。お互い何が起きたのか、定かでは無い。いや、正確に言えば、総士に至ってはこの現象を知っていた。

ーー同化。

フェストゥムに近付いたものが、フェストゥムによって1つになる。フェストゥムの一種の攻撃方法、或いは救済方法。

それが今、総士とナマエの間で起きた。追いつかない頭を動かし、総士はナマエに背を向ける。

「・・っ現状では何とも言えない。だが、2度同じ様な事が起きた。その原因が解明されるまで、僕が君を監視する」

それだけ言って結晶化しかけた腕を掴みながら出口へと向かう。

「今の、」

か細い声でナマエが呟く。総士は立ち止まりゆっくりと振り返る。もうすっかり陽が落ちた部屋には、扉が開いた事による廊下から入る僅かな光しかない。俯くナマエの表情までもは、見ることは出来なかった。

「一騎には言わないで・・っ」

お願い。そう掠れた声で言う。

「ああ・・おやすみ」

総士はそれだけ言って、今度こそ部屋を出た。

扉のしまった部屋に、きっと光はない。それでも、自分ではこれ以上なにも出来ない、いや、どうしたら良いのか分からなかった。

「役立たずだな、僕は」

結晶化しかけた腕をギュッと握る。最初から最後まで、彼女の言葉から出て来たのは一騎だった。

それがこんなにも胸を苦しくさせているなど、この時の総士は気付くはずもなく、ただうな垂れるようにして、部屋から漏れる僅かなすすり泣く声をいつまでも聞いていた。


まるで、泣けない自分の心の泣き声を

聞いている気分だった。










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