60 旅路


喫茶楽園、いつもの様に朝から支度を始める。いつもと変わらないはずなのに、やたら指に残る痕がチリチリとする。

島外派遣のメンバーは島を発った。ナマエを乗せて。

『だから一騎は必要ない』

ナマエに言われた言葉が頭を過る。正直、あの言葉には堪えた。頭で分かってはいても直接言われると思っていた以上にダメージは大きい。

「俺が言ったのにな」

もう触れない、それは口にする事で己を律する為に発した言葉だった。だけど、ナマエを見ると触れたくなる。悲しんでても、喜んでいても。

端から見て、僅かでもそれを共有出来ればいいなんて都合が良すぎた。まさか、彼女がこんなにも離れて行ってしまうなんて。

「!」

そんな時、喫茶楽園の電話が静かな店内に鳴り響く。

「はい、喫茶楽園です」
「一騎か」

電話の相手は総士だった。

「島のコアが目覚めた。お前を、呼んでいる」
「!」

総士の言葉に一騎は自分の左手を見つめ、ギュッと握った。

そしてアルヴィス会議室、既に重役と一騎、総士が揃い、扉が開く。そこには早過ぎる成長を遂げたコアがいた。そして彼女は一騎と総士に告げる。

「今すぐ行きなさい」

と、美羽達に危機が迫っている。貴方達の大切な物も、全て消えてしまう。

そして彼女は2人にこうも告げた。マークザインとマークニヒトに乗れ、と。周りの大人達は声を上げた。解体作業の為にリミッターを外したザインに一騎を乗せるのは自殺行為だと。

「ナマエがいるでしょ」

その言葉に史彦が反応する。

「また彼女を犠牲にする気か!」
「違う、彼女がいなければ終わりまで一騎がもたないから」

史彦はそれを聞いてグッと言葉を飲み込んだ。

ナマエをもう失いたくはない。だがナマエが関わらなければ思っているよりずっと早く一騎が消える。最早選択肢はなかった。

「ザインとニヒトが2つで1つな様に、一騎とナマエも2人で1人」

幾ら心がすれ違おうとも、2人に絡まる糸がくしゃくしゃであろうとも、繋がってる事に変わりはない。それは良くも悪くも2人が望んだ結果だとコアは続けた。

「そう、か」

一騎はそう言って笑った。ザインに乗る。それは3年とあった寿命が更に縮まる事を意味する。

それでも一騎は嬉しかった。考えていた命の使い道、その隣にはナマエがいる事に。

「俺は、行くよ」

その言葉に総士も同意する。コアの言葉に従う、と。

「着いたらまずナマエをザインに乗せなさい。きっと、望むものが得られるはずだから」

コアの言葉に一騎は力強く頷いた。そして両名の発進準備が急ピッチで進められた。シナジェティックスーツに着替えた2人が廊下で出会う。

そして総士は問う、今なら引き返せると。だが一騎は首を横に振った。

「お前が行くなら俺も行く」

その言葉に総士はフッと笑う。

「ナマエの努力が台無しだな」

総士の言葉に一騎は首を傾げた。

「ファフナーに乗ったのも、必要ないと蔑んだのも、全部お前がザインに乗って欲しくなかったからだ」
「・・・」

それでも行くのか、と総士は問う。彼女の行動を無にしてまで乗りたいのかと。

「乗るよ。ここで待っててナマエが帰って来なかったら、それこそ俺は・・」
「・・そうだな」


そして2人は起動実験へと入る。

終わりの旅路へと向かう為に。














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