59 前夜


そして遂に島外派遣が正式に発表され、出発前夜となっていた。

無事を祈る為の祝賀会がここ、喫茶楽園にて開かれ、パイロット達が集まっていた。

「一騎、ナマエはどうした」

カウンターに座りながら総士はキッチンで忙しなく働く一騎に問い掛ける。

「お前と一緒じゃなかったのか」
「いや、」

一騎の言葉に総士は視線を逸らす。そんな総士に一騎は首を傾げた。

そしてナマエ不在のまま仕方なく会は始まり、皆が思い思いの時間を過ごした。

「・・一騎、聞いたのか」
「ん?なにをだ」

そして先ほどからやたら空気の重い総士が気まずそうに一騎に問い掛ける。

「それは、ナマエが」


ーーーチリン


途端、楽園の扉が勢いよく開いた。

「おっ待たせー!」

ナマエの登場に皆が視線を向ける。

「もー遅いわよ!あんたのご飯もうないからね!」
「そんなーお腹ぺこぺこなのにー」

咲良の隣に座りながらお腹をさするナマエ。

「何か作ってやろうか」

空かさず一騎が注文を取る。

「んーやっぱ最後はカレーかな!」

ナマエの言葉に一騎だけでなく他の皆が首を傾げた。総士を除いて。

「最後、ってあんた・・」
「ああ、そっか」

そう言ってナマエはポケットを漁る。

「じゃーん」
「!」

そして目の前に出されたそれに、同級生達は言葉を失った。

「お、ナマエ先輩も行くんすねー!」
「先輩、宜しくお願いします」

広登と暉が嬉しそうに声を上げる。

「そー!ギリギリで許可もらえたの!こちらこそ宜しくね」

ナマエが取り出した物、それは島外派遣の許可証であった。

「・・んで、」

ふと立ち尽くした一騎が呟く。

「なんで、行くんだ」
「・・・」

一騎の言葉にナマエは黙り、視線を逸らした。

「父さんが本当に許可したのか、それに!」

一騎はナマエに突き付けられた許可証を見て困惑する。

「ファフナー、パイロット・・?」
「なんだと!?」

一騎が読み上げた言葉に総士も音を立てて立ち上がり、2人の元へ歩み寄る。

「ちょっと貸せ・・これは!」

総士もその内容に唖然とする。ナマエを見るとこの事は話していなかったからだろう、気まずそうに視線を逸らしていた。

「まぁ、名目上だよ」

ナマエは一応、と呟く。

「あんた本気なの!?」

それに続いてカノンも声を上げる。

「お前はファフナーに乗れないはずだろ!なのになんで今更・・!」

皆が血相を変えてナマエに詰め寄った。余りの気迫に、ナマエは呆気にとられていた。

「ふ、・・あははは!」

そして、糸が切れた様に笑い出した。

「もう、みんなおかしっ・・!」
「何がおかしいってのよ!」
「そうだ!我々はお前を心配して!」

腹を抱えて涙を浮かべるナマエに、咲良とカノンは怒りを露わにした。

「うん、ごめんね」

そして目尻の涙を拭いとり、ナマエは笑った。

「ありがと、みんな」

本気で心配してくれて、本気で叱ってくれて。ただそれだけの事がナマエは涙が出るくらい嬉しかった。

でもそれを、笑って誤魔化した。自分の決意が、揺らいでしまう気がしたから。

「大丈夫、みんなと一緒にすぐ帰って来るよ」
「・・・」

みんな納得してなかった。それは表情を見れば分かる。でも、それでも曲げられなかった。曲げちゃいけない、これからの未来の為に。

「本気か」
「総士、それこの前も聞かれた」

アルヴィスへの帰り道。ナマエと総士は並んで海沿いを歩いていた。

「いつからファフナーに乗れた」
「んー、今日」
「な!?」

あっけらかんと言うナマエに、総士は心臓が付いていかないとため息を吐いた。

「それじゃないとお父さんいい、って言わなそうだっから」

ナマエは空を見上げる。そこには偽装鏡面越しの星空が見えた。

「なんか、さ。吹っ切れたらフラッシュバックもそんな起こらなくなったの」

なんでかな、なんて首を傾げるナマエとは対象に総士は俯く。

それは絶対的な自己否定が関わってるのではと、直感的に思ったからだ。一騎のファフナー搭乗の際の変性意識が乏しかったはそれが大きな要因だった。

ファフナーと一体化し過ぎてコントロール出来ていなかったものが、自己否定により壁を作りうまい具合に同調して乗る事が出来たのだろう、と総士は考える。

「・・・」

チラッと横目でナマエを見る。あれ何座かな、なんて、呟きながら歩く彼女に大きな変化はない。だが、

『これでいつでも、消えていける』

正直、あの想いが、言葉が決定打となってしまった気がしてならなかった。

そうなればそのつもりはなかったとは言え、かけた言葉に問題があった訳で、総士は頭を抱える。

「ナマエ!」
「!」

総士が1人頭の中で自問自答を繰り返していると、後ろからナマエを呼ぶ声がした。

「一騎・・」

出来れば追い掛けて来て欲しくなかった、とナマエの顔に書いてあった。

駆け足で追いかけて来たにも関わらず、肩で息1つせず一騎は真剣な眼差しをナマエに向けた。

「本当に行くのか」
「・・そうだよ」

静かだった海風が途端に吹き荒れ出し、3人の伸びた髪をなびかせた。

「なら俺も」
「ダメだよ」

一騎の言いかけた言葉を遮って、ナマエは背を向けた。

「私は、もしかしたら私もミールと話せるかもって思ったから行くの」

パイロットは史彦を納得させる為のプラス要素に過ぎない。いざとなったら戦えると。

「だから一騎は必要ない」
「ナマエ、」

そんな言い方は、と総士が口を挟む。彼女がそんな言葉を発したくないのは考えずとも分かった。

それでもそう言い出すと分かっていたナマエは、中途半端な言葉では一騎を戦いから引き離せない事も分かっていた。

だから敢えてキツめの言葉を発した。これ以上一騎がザインに乗らない様にする為に。

「今日お父さん達の目の前でファフナーを動かせるかのテストをしたの」

それで到着するのが遅くなった、とナマエは言う。

「派遣メンバーに立候補した時、戦えない奴はダメって言われた。だからファフナーに乗れたら行かせてくれって言ったの」

その時の史彦の顔は驚きに満ちていて、そしてとても悲しそうだった。

「大丈夫、真矢もみんなも守るから」
「・・なら」

ナマエの言葉に一騎は静かに言葉を返す。

「お前は誰に守ってもらうんだ」
「・・・」

ナマエは黙ったまま歩き出した。まるで、そんなもの必要ないと、言う様に。

「ナマエ・・」

その背中をもどかしい思いのまま一騎と総士は見つめていた。











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