58 派遣
「本気、なのか」
海底展望室、海に沈んだマークゼロが静かに2人の会話を聞いていた。
「一騎には言わないで、きっと反対するから」
ガラスに手を当て、手のひらが冷んやりする。ナマエはその心地よい冷たさに身を委ねる様に目を閉じた。
「真壁司令が許可するとは僕は思えない」
総士はその背中に少しキツく言い放つ。
「確かに」
ナマエはそう言って笑った。
「でも、行くよ。外の世界へ」
「・・っ」
総士は喉元まで言葉が出掛けてグッとこらえる。
エメリーと島のミールとの対話の末、ウルドの泉に大量のコアが生まれた。それにより島の戦力は大幅に上がり新たに鏑木彗、御門零央、水鏡美三香3名が正式なパイロットとして名を連ねた。
島外派遣の正式な発表も秒読みになり、ナマエは自らが行く事を総士に告げた。
「私も間近で見たいの、世界樹と呼ばれるミールを」
「君は、まさか対話を?」
総士の言葉にナマエは振り返り、俯いたまま総士の横のベンチへ腰掛けた。
「ミールが言葉を学んでいなければ私は美羽ちゃん達みたいには話せない」
フェストゥムなのにね、そう言ってナマエは自分の手をギュッと握る。総士はそんな姿を悲痛な面持ちで見下ろしていた。
「でも同化の受け皿にはなれるから」
金色に光る右手を見つめる。それは宇宙を漂う中で願った事の1つだった。
「それに、真矢も行くしね」
「君は・・!」
自嘲気味に笑うナマエに総士は声を上げる。
「一騎の代わりに遠見を守りに行くとでも言いたいのか!?」
総士の言葉にナマエはゆっくりと総士を見上げた。
「それじゃ、ダメかな?」
「・・っ」
総士はそんな言葉を困った様に笑いながら言うナマエに言葉を失う。
「だから総士は、ここで一騎が生きられる術を探してあげて」
お願い、そう言ってナマエは固く握られた総士の拳にそっと触れた。総士は手のひらの力を抜き、その手をギュッと握る。
「そんな事をして、一騎が喜ぶと思うのか」
「分からない。でもこれは、私の我が儘。私がただ自分でしたい事だから」
「・・っ」
力なくそのままベンチへと座る。そして空いている手で顔を押さえた。
「ありがとう、総士」
ごめんね、と言ってやっぱり彼女は笑った。
僕の気も知らないで。飲み込んだ言葉は身体中を這いずって気持ちが悪い。
「もう、総士は大袈裟だな」
「君の分まで僕が心配しているんだ」
「なら、」
小さく鼻を鳴らして言った言葉を聞いて、ナマエはまた海の中を見つめた。
「私は怖くないよ」
「ナマエ・・?」
顔を上げて隣のナマエを見つめた。そしてハッとする。その決意に満ちた眼差しに。
「いつ消えても後悔しない。だって総士が私を想ってくれてるから」
「ちが、僕は」
そう言う意味で言ったんじゃない。否定の言葉はナマエの唇によって総士の中に閉ざされた。
「大丈夫、まだその時じゃないから」
僅かに離れた距離でナマエはそう言う。
「総士は、一騎が島から出ない様に見張っててね」
お願い、そう言ってナマエはその場から立ち去ってしまった。
一言も発さず、瞬きも忘れてその場いた。瞬間、ハッとして思わず口元を押さえた。
「こんな叶い方、あんまりだろう」
伝わった感触も温もりも、心のどこかで望んでは諦めていたもの。でもそれが、こんなに悲しいなんて。
「くそ、」
彼女の熱が残る手をギュッと握った。そこにはただ、虚しさだけが存在していた。
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