02 犠牲


「なあ、ナマエ」
「どうかしたの?一騎」

ここはどこだろう、そんな事は考えなかった。
ただ何もない空間。そこにいるのは1組の双子。

「一騎・・・?」

返事のない相手を疑問に思い、見える事のない表情を見ようともう一度その名を呼ぶ。

「ねえ、一騎ってば」

言いようのない不安感、底知れぬ恐怖が足元からサーッと上がってくるのを感じた。

「一騎!いい加減にーー」
「もう、行かなきゃ母さんの所へ」

遮ぎられて聞こえた言葉に、ナマエは頭部を鈍器で殴られたかの様な衝撃を受けた。

「な、に・・ってんのよ・・!!」

握った拳が震えた。怒りで身体が熱いような、悲しさで冷たいような、不思議な感覚だ。

「そんなの、絶対にーー!」

許さない、言葉を発する前に、ナマエは一騎腕に収まった。

「ごめんな、ナマエ」
「い、や・・」

震える手で一騎の背中に手を回す。その時、


ーーーパリン


高い音を立てて、一騎だったそれは砕けた。

「や、だっ・・嘘でしょ、一騎・・!」

無情にもまだぬくもりの残った服を握り締める。

「いやああああああああああ!!」
「ナマエちゃん!?」

名前を呼ばれてナマエはハッと顔を上げる。
いや、正確には目を覚ましたのだ。

「こ、こは・・・?」

明らかに病室の様なその場所に見覚えはなかったが、声を掛けてきた人物には見覚えがあった。

「遠見先生・・・」

やっと視線の合わさったナマエに、千鶴は一先ず胸を撫で下ろした。

「良かった、寝ていたのに突然悲鳴をあげるから何かと思ったわ」
「すみません・・」

自分でも何が起きたのか分からない、ナマエは必死に状況を把握しようとした。

そしてハッとする、夢の出来事を思い出したのだ。

「あの!一騎、一騎は!?」
「か、一騎くん?」

ベットから身を乗り出して千鶴の白衣を握り締める。その気迫に戸惑いながらも答える千鶴。

「一騎くんならさっき検査を終えて帰ったところよ」

ナマエは走っていた。先程聞いた千鶴の話しを確かめたかった。

『ここはアルヴィス、そして一騎くんはファフナーに乗って戦闘を行ったわ』

アルヴィス、ファフナー、初めて聞いたはずのものばかり。
そして今までの生活からはかけ離れた戦闘の文字。そんなものが信じられるはずもない状況なのに、それをすんなり受け入れているのは遠見先生の話していたメモリージングなどが関係しているのだろうか。

『そしてナマエちゃん、あなたはーー』


「お父さん!!」

千鶴に聞いた父、史彦の元へとナマエは走っていた。突然現れた娘に目を見開くも、椅子から立ち上がりナマエに近づいて行く。

「もう具合はいいのか」

心配して問う史彦に対し、ナマエはキッと史彦を睨みつけた。

「私はここで監視されるってどういう事?」
「・・・」

ナマエが何故息を切らし、何故自分を睨みつけるのかを瞬時に理解した史彦は、表情を硬くし、それでも真っ直ぐにナマエを見つめた。

「おまえが頭痛に倒れたのは2度目だな」
「それが、なによ」

たかが頭痛じゃない、とナマエは反論する。

「島にフェストゥムが近付いたのも、2度目だ」
「!」

正確には今日、島は襲撃され今後ほぼ確実に再びの襲来があるだろう、と史彦は淡々と告げる。

フェストゥム、未確認生命体、人類の敵、そしてーー今日一騎が戦った相手。

「私の、せいだって言うの・・?」
「そうは言っていない、ただ関連があるのは事実だ」

1年前の時は半信半疑だったが、今日である程度の確証を証明してしまった。他でもない、ナマエ自身で。

「だから、ここに閉じ込めるんだね」

ナマエの擦れそうな声が指令室に響いては消えた。

史彦は悟られない様にギュッと拳を握る。
司令であった皆城総士の父、公蔵はもういない。自分が司令として島を、皆を守らねばならない。ーー例え、自分の子供たちを犠牲にしたとしても。

「そうだ」
「っ!!」

ナマエは思わず俯いていた顔を上げた。あんなに優しかった父が、自分を大事な娘だと言ってくれた父が、別人に見えた。

涙を溢さずにはいられなかった。信頼していたのに、大好きだったのに。

それでもそんな父の前で涙を流すのは癪に触った。

「もう、いい」

これ以上、なにも聞きたくなかった。絶望したくなかった。

「ナマエ、」

名前を呼んでも、本人は背を向け、指令室を出てしまった。史彦はもどかしさに唇を噛み締め言い聞かせる、これが島の為である、と。



誰しもが何かを背負っている。そして、それには順位がある。

だがしかし、その答えはひとりの人間の中にひとつであるとは限らない。故に人は迷い、傷付き、傷付け、何が正解かを探す。


果たしてその答えが出た時、僕らの手の中には


一体何が残っているのだろうか。










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