54 トラウマ


「またここにいたのか」
「そう、し」

ファフナーのシュミレーションルーム。

あの日からナマエは己の体力が、続く限りここでシュミレーションを繰り返していた。

「君は初めてファフナーに乗って出撃した際のトラウマで操縦は出来ないはずだろう」

「あは、シュミレーションさえ乗れないんだもん重症だよね・・」

トラウマ、それはフェストゥムと接触した時に見た情景が搭乗した際に再現されると言ったものだった。

それは彼女がこの島に帰ってから試され、既に搭乗者リストからも外されているにも関わらず彼女は毎日乗り続ける。まるで嫌な事を嫌な事でかき乱し打ち消している様な状況だ。

「立てるか」
「ん、ありがと」

手を差し伸べてシュミレーターから出たナマエは自分の足で立つ事さえままならず、そのまま総士に崩れる様に寄り掛かった。

「ごめん・・ちょっとやり過ぎたかも」
「・・ナマエ」

総士の服をギュッと掴む手が震えていた。

「あまり、無茶をするな」
「うん、分かってる」

その言葉を総士はとてもじゃないが信用出来なかった。

「仕方ないな」
「わっ!」

歩けそうにないナマエを横抱きにして抱えた。

「ちょっと総士!大丈夫だってば!」

慌てて足をバタつかせるナマエをお構い無しに総士は歩き出す。

「言っただろう、僕の前では無理しなくていい」

それは、史彦に出生の話を聞いた時に無理やり笑った彼女に言った言葉だった。

「・・うん、ありがと総士」
「ああ」

そして大人しくなったかと思えば、気を失う様に眠ってしまった。そんなナマエに総士は表情を険しくする。

自分もジークフリートシステムでの皆とのクロッシングによる痛みのフラッシュバックが今でも時折襲って来る。

それに耐えるとなるとやはり体力も気力も消費が激しい。それをこの細い身体が何時間もの搭乗に耐えられる訳がない。

それでも、こんなになってでも忘れたい事があるのだと総士は悟る。

「総士、」
「・・一騎」

そして廊下の先に現れた一騎に、総士は表情を更に険しくした。

「どうしてナマエがシナジェティックスーツを・・」

驚く一騎の横をすり抜け、総士は黙々と歩いて行く。

「総士!」
「・・遠見との仲は順調か」

一騎の呼ぶ声に総士は立ち止まり振り向きもせずにそう言った。

「遠見?仲って、何の話しだ」
「・・っ」

あくまで分からないと言う一騎の態度に、総士は振り返って一騎の前まで歩いて行った。

「何日か前に僕たちが楽園に行った時を覚えているか」
「あ、ああ」

総士の気迫に一騎は戸惑いながらも答えた。

「あの日、お前は遠見に好きだと言っていたな」
「は!?」
「それを僕も、ナマエも聞いた」
「何言って、」
「待って!」

掴み合いそうになった時、近くの曲がり角から声が聞こえた。

「遠見、」

そこには一部始終聞いていた真矢がいた。

「誤解だよ、皆城くん」
「誤解?」

真矢の言葉に総士は眉間にシワを寄せる。

「あの日、私が聞いたの。ナマエの事、どう想っているのか、って」
「遠見、君は・・」

真矢の気持ちを知らないのは恐らく一騎くらいだろう。総士もそのことを知っていて、尚且つ真矢が一騎にした質問に驚いた。

「だから言った。好きだって、」
「私それ聞いて何かホッとしちゃったんだよねー」

だからありがと、嬉しいと返した。2人はあの時の会話をそう説明した。

「紛らわしい事を・・っ」

総士は頭を抱えたくなった。しかし抱き抱えたナマエがいる為そうもいかない。

「ナマエはここ最近ずっとシュミレーションを繰り返してはこうして疲れ果てて眠っている」
「どうしてそんな事」
「私、少し分かるかも」

一騎の言葉に続いて真矢は少し笑ってそう言った。

「忘れたい事があるんだと思う。だから戦うの、例え辛くても」

その言葉に2人は黙り込んだ。

「存在理由を探してるんじゃないかな、ナマエは」

それは本当にナマエを指しているのか、はたまたナマエに自分を重ねているのか、総士には分からなかった。

「ほらほら、皆城くん真壁のおじさまが呼んでたよ」
「真壁司令が?」

総士の言葉に真矢はうんうん、と頷く。

「だから、一騎くんナマエをメディカルルームに連れてってあげて」
「あ、ああ」

真矢に押し切られる様にナマエを受け取り、2人は足早に廊下の先に消えて行った。

「・・・」

随分久々だと思った、彼女に触れるのは。だからナマエが少し軽くなった気がしただけで切なくて堪らない。

「かず、き・・」
「ナマエ・・っ」

少し青白い透けた肌が痛々しい。そんな姿に一騎は堪らずギュッとナマエを引き寄せた。





「嘘、なんだろ」

廊下の先。その姿が見えない場所まで来た所で総士はそう口を開いた。

「あ、バレた?」

はあ、と総士は小さくため息を吐く。

「・・いいのか」
「皆城くんこそ」

お互い壁に寄りかかって違う所を見つめた。

幾ら相手を想っても手の届かない場所にいる。そんな境遇を共有し、だがそれは総士と真矢だからこそお互いがお互いの気持ちを何も言わずとも察することが出来ていた。

「苦労が耐えないな」
「まあ皆城くん程じゃないけどね」

真矢の言葉に間違いない、と総士は笑う。

「報われるよ、いつかきっと」

例えそれが今望んでいるものと少し違うかも知れないけれど

「ああ、そう信じよう」

まだ僕らには、明日があるから。

ただ前を向いて。










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