51 普通


「これはどう思う?」
「これですかー?うーん、私的にはないですよねー」
「そっか・・じゃあ、」

次の日、ナマエは里奈とアルヴィス内のベンチに腰掛け話している姿が多くの者に目撃された。

やたらと真剣なナマエの表情に、通りすがった者は思わず聞き耳をたてた。

「普通か、普通じゃないか、か」

CDCにて、保からの話しを史彦は悩ましげに聞いていた。

生きていれば悩みがあるのは当然の事だ。それは心が、感情がある証であると史彦は思う。

だが彼女の場合少し違う気がした。異端な存在を必死にひた隠す様に、同調と言う行動に異常な程に執着し出した様だった。

彼女が求めているものは何か分からない。だがそれは最早個を持たぬフェストゥムと変わらなくなってしまうのではと史彦は思う。

同調、それだけを求め続ければいずれ心がなくなってしまう。その可能性を彼女は少なからず秘めていた。

「一騎と総士くんを、呼んでくれるか」
「ああ、分かった」

保は短い返事を返して足早にCDCを後にした。

「大事にならなければいいが」

平和な時間に訪れた別の危機。だがその存在故に微笑ましいで終える事の出来ない事が史彦は歯がゆかった。

やがて史彦の元へ一騎と総士が集まる。揃っての招集に、2人は顔を見合わせた。

「どうかしたのか?」

一騎が先に口を開く。史彦は言葉を選びながらゆっくりと話しを始めた。

「ナマエが何か悩みがある様なんだが、何か心辺りはあるか」

史彦の言葉に2人は顔を見合わせた首を横に振った。

「どうやらその相談相手が里奈くんの様なんだが」
「西尾、里奈ですか」

実際、史彦はその相手にも疑問を持っていた。同級生には仲の良い咲良や真矢がいる。それなのに何故今までほとんど交流のなかった里奈と密談をしているのか、気にならない方がおかしかった。

そしてその名前に2人が反応した。

「彼女は西尾里奈に何を話していたんですか」

総士が具体的な内容を求めた。

「どうやら、ナマエは普通になりたい様だ」
「普通、ですか」

それは"人になりたい"と言っている様にも聞こえて、2人は僅かに表情を歪めた。

「ああ、だがそれはナマエにとってはとても危うい気がしてならない」

史彦の言葉を2人は黙って聞いていた。

「少し、注意して見てやってくれないか」

頼む、そう言われて2人はCDCを後にした。

「・・どうする」
「・・・」

長い人気のない廊下を並んで歩く。ふと総士が呟いた言葉に、一騎は答えに悩んだ。

「問題はナマエの求めている普通が、普通じゃない事だ」

この前の様子など見て、恐らくナマエは自分の感情が欠落していると感じた。それは誰で有ろうとも少なからず持っているものだろう。

だが彼女はそれを自分はフェストゥムだから、と置き換えた。フェストゥムだから欠けている。フェストゥムだから分からない。

それが過度の同調へと彼女を走らせた。

「俺にだって、普通なんて分からないのにな」

一騎は自分の手のひらを見つめた。そこにはニーベルングシステムの痕跡がくっきりと残っている。そして、ナマエの感触も。

そして総士はその相談相手も厄介だと感じていた。

西尾里奈、特段彼女が悪い訳ではないがナマエの心境を諸共せず自分の観点を世界の観点かの様に話す姿が安易に想像出来る。

勿論彼女がそう思って話しているかは定かではないが、何が正解か不正解かを問うてるナマエにとっては今現在里奈が絶対的であり、そう思わせてしまう状況が揃い過ぎていた。

「俺は、ナマエがそう望むならそれでいいと思う」

「一騎、お前本気で言ってるのか」

一騎の発言に総士は目を見開いてそう言った。その言葉には僅かに怒りが込められていた。

「ナマエの心がなくなってもいいと言う事か」

それは最早、彼女の存在がないと変わらない。それは彼女だけに言える事じゃなく、万人に該当する事だ。

「そうじゃない。だけど俺とナマエの関係をナマエが"普通"にしたいんだったら、俺はそれを尊重するべきなんじゃないか、って思う」

まだ伝えられていない言葉がある。だけれどそれをナマエが望んでいないなら、言うべきではない。それはただの一騎の自己満足になりナマエはまた余計な悩み事を膨らませるだけなのでは、と一騎は思う。

「総士だって、妹の意志を1番に思ってきただろ」


それと同じだ、と一騎は言う。そんな一騎に総士は歯痒さを覚えた。

それは違う。声を大にして言いたかった。だが言葉が出てこない。今の一騎にそんな感情論は通用しない気がした。

「ナマエに会ってくるよ」
「あ、おい待て一騎!」

いつもの様に笑っていた。でも総士にはその笑顔がとても寂しく、諦めに近いものが含まれていた気がして声を上げた。

それでも一騎はそのまま歩いて行ってしまった。掛ける言葉が見つからず、その背中を追い掛けられなくてギュッと拳を握った。

「本当、僕は役立たずだな」

大切な2人が悩み傷付こうとしているのに何も出来ない。何の言葉をかけてやる事も出来ない。

総士はしばらくそこに立ち尽くしていた。









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