48 不機嫌


ナマエがアルヴィスに住む様になってからしばらく経った。

一騎は相変わらず楽園の店番をして過ごし、その手伝いを真矢がしていた。

「そういや一騎、ナマエちゃん最近頑張ってんなー」

不意に溝口が食器を洗いながらそう言った。

「頑張ってる?何をですか」
「なんだー知らねーのか!」

やけに楽しそうな溝口に一騎と真矢は顔を見合わせる。

「最近ナマエちゃん、店が閉まってる時に1人で料理の練習してるんだよ」
「ナマエが、ですか」

溝口の言葉に一騎は少なからず驚いた。今までカレー作り以外は絶対にやろうとしなかった料理。それを1人でやってると聞いて驚かない訳がない。

「またどうして料理なんか」

食事は大抵楽園や実家、食堂がもっぱらなはずだ。今まで同様、慣れない料理をする理由が一騎には見当たらなかった。

そんな一騎に甘いな、と溝口は笑う。

「そんなの決まってんだろ、総士の為だよ」
「総士ですか」

溝口の言葉に一騎は明らかに声を落とした。その横顔を真矢は心配そうに見つめる。

「いやー愛だねーこの島は愛に溢れてるなーな、お嬢ちゃん!」
「ちょ、溝口さん!なんの話しですか!」

慌てる真矢達の言葉は最早一騎には聞こえていない様だった。

「一騎くん・・」
「んじゃあー後はよろしくー」
「ちょっと!溝口さん!?」

軽く挨拶をして店主である溝口は店を後にした。真矢はゆっくりと一騎の方を見る。

すると黙々と片付けを続ける一騎の姿があった。

「もう、困っちゃうね溝口さんってば」

苦し紛れに真矢が口を開く。

「そうだな」

だが返って来た言葉は短く簡潔的で真矢を困らせる。

「あーお腹空いた」

そしてタイミングよく入って来た人物に真矢は目を開いた。

「まだ1時だろう、世間ではまだ昼時だ」
「私はお昼は12時に取る主義なの!」

そんな話しをしながら2人はカウンターに座る。

「一騎、私今日はパスタ!」
「僕は何でもいい。お前のオススメを頼む」

あとコーヒー、なんて総士の言葉にナマエはカフェインの取りすぎだと騒いでいる。

そんな中一言も話さない一騎を気まずそうに見つめる真矢。そして一騎は何も言わずにキッチンを出てナマエの手を引いた。

「悪い遠見、総士になんか適当に出してやってくれ」
「あ、うん」

一騎の有無を言わせない雰囲気にナマエは皆の顔を交互に見つめる。

「え?何?ちょ、一騎」

ナマエの言葉には答えず、2人は2階へと消えて行った。

「どうしたんだ、一騎は」

ナマエ同様目を瞬かせて総士は2人が消えた先を見つめた。

「あー、実は」

気まずそうに真矢は口を開き、先ほど溝口が言っていた言葉を説明した。

「なるほど」

総士はかけていた眼鏡に少し触れてため息をついた。

「僕は単なる被験体だ」
「被験体?」

真矢の言葉に総士はああ、と頷く。

「すぐに分かるさ、それより」

総士の言葉に真矢は首を傾げる。

「今日の昼も、僕は被験体か」

総士のため息は、どこまでも深く落ちていった。





「ちょっと、一騎?どうしたのよ」

2階へ上がり椅子に座らされる。そして一騎は何かを取りに行ってしまった。

「お腹減ったのに・・」

今にも鳴りそうなお腹をさすって一騎の帰りを待つ。そして帰って来た一騎は目の前に座り手を差し出した。

「手、貸してみろ」
「手?」

言われるがままに手を差し出す。そこには、何枚もの不器用に貼られた絆創膏が貼ってあった。

「や、これは!えーっと、」

ナマエは咄嗟に手を後ろに隠す。何故バレたのか。なんて言おうか必死に脳裏で考えた。

「総士に料理してやってるのか」
「え?う、うーん、結果的に?」

曖昧に話すナマエを気にもとめず、一騎は言う。そんな一騎の表情が見えずに、ナマエは俯く一騎の覗き込んだ。

「一騎、怒ってるの?」
「別に、怒る訳ないだろ」

一騎のそんな表情に困惑するナマエ。それもそのはずだ。今まで一騎がナマエに怒りを見せるなんて事は1度もなかったからだ。

「でも、」
「いいから、手出して見ろ」
「・・うん、」

渋々両手を前に出した。そこには傷が塞がったものもあれば、まだ血が滲んでいるものまである。

「こんな処置の仕方したら化膿するだろ」
「ごめん、なさい」

一枚一枚丁寧に絆創膏を剥がし、消毒をしていく。その間2人に会話はない。

「終わったぞ」

綺麗に絆創膏を貼り終えた手を一騎は1度だけギュッと握る。

「一騎、」
「ほら、昼まだだろ」

だがすぐに離れ席を立ち、ナマエに背を向けてしまった。

「一騎!」

ナマエは堪らずその手を掴んだ。

「その、ごめんね。私手当下手で、」

一騎が怒っている理由がナマエには分からなかった。でもきっと原因は自分なんだろう、と予想は出来た。

「別に、それは」
「違うの!?じゃあえっと、一騎にご飯作ってあげたくて総士を実験台にしてた事かな」
「え、」

あとは、あとは、と思い付く限りを並べていくナマエ。だが、一騎には他の言葉なんて耳に入らなかった。

「今、なんて」
「え!?一騎のお気に入りのパーカー持ってっちゃった事!?」

違う、でもそれはお前だったのかと一騎は内心思った。

「その前、俺に料理って」
「え、うん・・その、一回くらいは私のご飯食べて欲しいな、って」

でも一騎は料理が出来るから、それなりの味になるまで黙ってる予定だったとナマエは言う。

「そう、か」
「一騎?」

一騎は空いている手で顔を覆って俯いた。ナマエはそんな一騎をしゃがみ込んで心配する。

「本当ごめんね、総士を実験台にして、!」
「いや、俺こそ悪い」

ナマエの言葉の途中で、一騎は顔を上げてナマエを抱きしめた。

「ありがとう、ナマエ」
「え、ん?何で私お礼言われてるの?」

状況を未だ飲み込めていないナマエに、一騎は微笑んだ。

「行こう、上手いパスタ作ってやるから」
「うん!特盛で!」
「特盛!?」

そして2人して階段を下りていく。

「早とちりだな一騎」
「・・うるさい総士」

総士の言葉に、バツの悪そうに言う一騎。

「それより、僕にもパスタをくれ」
「え、でも遠見が」
「つ、作る前に一騎くん達おりて来たから!」

ゴミ箱の近くで慌てる真矢に、一騎は首を傾げる。

「かーずーきー、ご飯!」
「はいはい、今作るよ」

そして再びナマエはカウンターに座った。一騎の不機嫌だった理由を、知らないままに。

それでも元通りになった一騎に安心して、そんな事はもはやどうでも良かった。











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