47 兄妹


「私、アルヴィスに住む!」

彼女の言動は何時も突然だ。そして今回も例外ではない。

「理由を聞こうか」

3人で囲む食卓。それも再び普通になり始めている時だった。史彦は否定も肯定もせずに、冷静に問いかける。

「私、総士の研究を手伝うことにしたの」

皆が次々と進路を決めていた。研究、教育、医学。まだ決めかねていたのは真壁家の2人くらいだった。

「だからアルヴィスにいた方が効率もいいし、ね!お父さんお願い!」

身を乗り出すナマエに、史彦はうーん、と唸り腕を組んだ。

「だが、アルヴィスならこの家からでも遠い訳じゃないだろう」
「まあ、そうだけど」

ナマエはそう言って言葉を濁し乗り出した身を座らせた。

「総士くんか」
「え!?」

史彦から出てきた名前に、ナマエだけでなく傍観していた一騎も僅かに肩を揺らした。

「・・うん、まあ違くはないかな」
「!?」

そしてナマエの言葉に一騎は思わず目を見開いた。

「だって総士、朝はコーヒー、昼は楽園のご飯、夜は適当でさ」

この前なんて、と愚痴の様にナマエは言葉を続けた。

「足りない栄養素は計って摂取している。とか言ってね!サプリメントを堂々と出すんだよ!」
「そ、そうか」

その気迫に史彦も思わず身を引いた。

「もう信じられない!だから私が見張ってやるの!いいでしょお父さん!」
「ふ、あはは!」

そして突然、史彦が声を上げて笑い出す。その異様な光景を兄妹2人は顔を見合わせて心配した。

「お、お父さん・・?」
「大丈夫か・・?」

そんな子供2人に史彦はコホンと咳払いを1つして佇まいを直した。

「まあ、お前がそこまで言うならいいだろう」
「本当!?じゃあ支度しなきゃ!」
「早いな」

駆け足で2階へと上がっていく足音を聞いて、史彦は再び笑い出す。

「お前もそろそろ妹離れしないとな」
「・・なんだよそれ」

史彦の言葉に不服そうに一騎は呟く。

そして最後の夜。史彦は溝口と出掛けた為、布団に並んで横になる2人。

「本当に、アルヴィスに住むのか」

先に口を開いたのは一騎だった。

「うん、あ、でも休みの日は帰ってくるよ」

お父さんが泣いちゃうからね、と冗談交じりに笑うナマエ。

「一騎も、私いないと寂しいでしよ」

そう言って一騎の方に体を向けるナマエ。

「一騎?」

だがそこには、天井をやたら険しい顔で見つめる横顔があった。

「なあ、お前は」

そこで一騎は言葉を止めた。言おうか、言わまいか。ふとさっき言われた史彦の言葉が頭を過る。

『お前も妹離れしないとな』

違う。だって実際今まで妹だなんて思って過ごしてこなかった。

歳も変わらない。抜けているところもあるがそれなりにしっかりしているし、明るいし。言ってしまえば妹と思う方が難しかった。兄と妹と言うより対等な関係。それに上も下もなかった。

「一騎?」
「お前は、」

一騎も見つめていた天井から視線をナマエに変えた。やたら真剣な瞳にナマエは瞬きを忘れた。

「総士が、好きなのか?」

ナマエは言われた言葉を理解するのに時間がかかった。見つめ合ったまま、瞬き1つしない2人。部屋に差し込む月の光が、お互いを僅かに照らしていた。

「ふ、あはははは!」
「なっ、なんで笑う!」

糸を切った様にお腹を抱えて笑い出すナマエに、一騎は慌てて声を上げた。

「やだ、一騎ってば!あーおかしいっ」
「俺は、真剣に聞いたんだぞ」

ナマエは目尻に溜まった涙を拭いながら「ごめんごめん」と呟いた。

「別に、そう言う訳じゃないよ」
「そう、か」

その言葉に、自分でもビックリするほどホッとした。

「正直、そう言うのはまだ分からない」

そう言ってナマエは身体を起こした。

「家族や友達に対するものとたった1人だけに対するものの違いが私にはまだ分からないの」

でもね、とナマエは呟く。

「放って、おけないんだよ総士を」

鋭い癖に不器用で頭がいいから背負わなくて良いものまで背負って、それを周りに悟らせない。

「こっちが気付いた時には総士の中ですでに限界なんじゃないかな、って」

それって凄く怖いことだなって思った。ナマエはそう言って胸に手を当てた。

「それは、お前がやらなきゃいけないのか」

一騎も起き上がってそう言った。自分でも嫌な言い方だと思ったが、思わず出た言葉だった。

「私がやりたいんだよ、一騎」
「・・っ」

それでも、ナマエが困った様に笑うからその後に何も言えなくなった。これじゃまるで自分が駄々をこねている様だと思ったからだ。

「そうか、分かったよ」

そうやって言うのが精一杯だった。

「ありがと、一騎」

そして2人で布団に入り、しばらくするとナマエから規則正しい寝息が聞こえてきた。

「・・ん、」
「!」

ふと背中に感じた温もりに身体を起こした。久しぶりだった。彼女がこうして寝ぼけて一騎の布団に入って来るのは。ナマエが起きない様にそっと髪を撫でて手を握った。

「かず、き・・」
「・・っ」

自分の名前を呼びながら握り返されたその手を口元に運んだ。

「好きだよ、ナマエ」

今すぐに抱き締めてしまいたいくらい。そのままどこにも行かず、誰の目にも触れられない様にしてしまいたい。

これが兄妹だからと言うなら異常だろう。でも違う。もうそんなのとっくに気付いてる。

本当の兄妹じゃない。それが分かった時ショックを受けなかった。むしろ少しホッとした理由が今ならハッキリ分かる。

「これが帰って来たら俺が言おうとした言葉だ」

空いてる手でまた髪を撫でた。いつから切ってなかったか。また少し伸びた髪さえ愛おしい。

「なあ、お前は」
「・・ん、」

言葉を言いかけてナマエが身をよじる。ゆっくりと、薄っすらとその瞳が開かれて少しドキッとした。

「一騎・・まだ起きてたの?」
「ごめんな、起こしたか?」

一騎の言葉にナマエは首を横に振った。

「!」
「一騎、あったかい・・」

そして、一騎の胸に抱き付いて再び寝息を立てた。

「本当、お前には敵わないよ」

こんなにも自分の身体全てがナマエを求めている。安心する。少し引き寄せればナマエの額が口元に当たった。

「どこにも、行くなよ」

腕の中で眠る彼女に、願い1つ。












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