44 母
「嘘・・」
激しい戦闘を終え、皆が検査の為にメディカルルームへ集まっていた。
そして、一騎、ナマエ、総士の3名はその後史彦や千鶴らに連れられ岩戸へと足を運んだ。そこで目にしたものは、成長期を乗り越えた新しいコア。そして
「あれは、お母さんの」
底に沈んでいたのは、紛れもない紅音の白衣であった。
(そういう事か)
総士は言葉を失った2人を横目に見て、納得した。
『あの子達を頼む』
あの言葉は、つまりこういう事だった。言ってしまえば遺言だ。
消えそうなコアの事も、それを守ればどうなるかもあの時の彼女はすでに分かっていた。
「・・っ!」
「ナマエ!」
それをナマエも察したかの様に勢いよく岩戸から背を向けて走り出す。
まだ余り状況を飲み込めていない一騎はナマエを呼び止めるも、その場から動けずにいた。
そして総士はあの時の言葉と彼女の行動を説明した。彼の言葉に千鶴は泣き崩れ、史彦と溝口は言葉を詰まらせた。
「一騎」
ゆっくりと立ち去ろうとする一騎に総士は声を掛ける。
「大丈夫、ナマエの行きそうな場所なら検討がつく」
「いや、そのお前は」
大丈夫なのか、その言葉が出ずに言葉を濁す。それでも一騎は察した様に笑った。
「俺は大丈夫だ、ありがとな総士」
「・・ああ」
そして一騎は岩戸を離れ、母が好きだと言った丘に来ていた。
「・・っ」
案の定、ナマエはそこにいた。何かあればいつもここに彼女はいた。それはかつては声も温もりも匂いも分からなかった母をここに来て感じ様としていたのかも知れない。
でもここに来れば寂しさは増すだけだった。その横顔を一騎はいつも見ていた。どうする事も出来ないまま。
「ナマエ」
震える背中に声をかけた。その声にナマエは涙を無理やり拭って空を見上げた。
「折角お母さんに会えたのに、こんな終わり方ってないよね」
ずっと彼女は探していた。いるはずのない母の姿を。そして同化されているとは言え、ようやく母に会えた。
それは 奇跡に近いものだったはずだ。だけれど今度こそ紅音はいない。彼女は再び母を失った。
「どうして、言ってくれなかったのかな」
これが最後だって、そう言ってナマエは再び俯く。渇いた地面にポツポツと雫が降り注いだ。
「私、あんなに助けてもらったのにありがとうの一言も言えてない」
そして、さよならさえも。そう言ってまた肩を震わせた。
一騎はそっとナマエの背中を撫でる。不思議と一騎はそこまで取り乱す事はなかった。
どこか他人事の様な気さえ感じた。彼も母を求めていなかった訳じゃない。だけれど幼い頃に失ったままの母を探す余裕が恐らく彼にはなかった。
「俺はナマエが羨ましいよ」
一騎の言葉にナマエはゆっくりと顔を上げた。その顔は涙でくしゃくしゃで、擦ったせいか目の下が僅かに赤くなっている。一騎は困った様に笑ってその涙をそっと拭った。
「俺は母さんなんてもういないって完全に諦めてた」
だから初めて会った時も驚きはしたが半信半疑だった。普通だったら泣いて喜んでもいいはずだ。
「未だに分からない、母さんの存在がどう言ったものなのか」
母を亡くすには幼過ぎた。ただ、それだけだった。
「一騎・・・、!」
ふとナマエが顔を上げ丘の先を見つめた。一騎は首を傾げてナマエの名を呼んだ。
「お母さんの、匂い・・」
「え?」
そしてナマエの見据える先を一騎も見つめた。
「!」
そしてそこに居たのは、いないはずの紅音と、見た事もない女が紅音と並んで立っていた。
「まさか、お母さん・・?」
その言葉に一騎は驚き、そしてその女は優しく笑った。その仕草は肯定の様に2人は思えた。
「お母さん・・!」
ナマエは力一杯叫んだ。向こうの声は届かない。だけれど伝えなければと思った。
「ありがとう。私を産んでくれて、この島に連れて来てくれて」
言いたい事はたくさんあった。でも出てくる言葉は感謝しかなかった。
「私を引き取ってくれて、育ててくれて・・っ」
そして、護ってくれた。
「俺からも、ありがとう。母さん」
涙で声にならなくなったナマエの代わりとでも言う様に、今度は一騎が言葉を繋いだ。
「ありがとう、ナマエのもう1人の母さん」
それを聞き届けたかの様に、2人は消えた。そして、2人を優しい風が包み込んだ。
「これが、母さんの匂い」
「あったかいね、一騎」
それはまるで2人の母に包まれている様な感覚だった。
「ああ」
そして一騎も、ナマエの笑顔に答える様に笑った。一粒の涙を流しながら。
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