36 想い


この日、朝からアルヴィス内は騒ついていた。

来主操、そして敵によって覆い尽くされた空。それだけでも事を要するにも関わらず、CDCに1つの信号が送られて来た。

ーー夕刻、ナマエを連れ戻したければ丘にて真壁一騎を待つ。

差し出し不明の言葉に、その噂は瞬く間に広がった。

「一騎くん・・」

皆が集まる中、史彦は信号の事を告げた。真矢は黙ったままピクリとも動かない一騎を心配そうに見つめた。

「ナマエが、帰ってくるのか?」

剣司が控え目に呟き、周りを見回した。

「差し出し人が不明な以上、信憑性などは未知数だ」

更に相手は一騎を名指しで指名して来ている。その事も史彦達を不安にさせている1つの要因でもあった。

「・・一騎!」

動かない一騎に、咲良がしびれを切らした様に一騎の前に立ちはだかった。

「私は、ナマエに会いたい!会いたいんだよ・・っ!」
「咲良・・」

床に落ちる雫に、剣司はそっと咲良の肩に手を掛けた。

皆は知っていた。一騎が操に言われた言葉を。一騎が即答しない理由もそこにある。

『一騎はまた、ナマエに痛みと悲しみを与えるの?』

操の言葉が頭から離れない。咲良はそれを分かった上でそう言ったのだ。

「あんたが1人で背負う事ない。あの子に戻って来て欲しいのはあんただけじゃないんだ」

咲良は目に涙を溜めたまま、だけど力強く一騎を見てそう言った。

一騎は視線を史彦に移す。やはり、咲良と同じ目をしていた。

「そうだ!痛みだろうと悲しみだろうと、一緒にいなきゃ分かちあえねーだろ!」

剣司がそう言って声を上げた。一騎はその言葉にハッとした。

そうだ、この世界は確かに痛みも悲しみもある。戦いばかりの日々で、憎しみや苦しみもあるだろう。

だけどそんな日々の中だって喜びや楽しさがある。幸せや誰かと一緒にいたいと思う気持ちだってある。

それはみんな島の人々や友人、そしてナマエが教えてくれた事だ。だから生きたいと、護りたいと思うんだ。

「やめて、一騎」

そんな中、現れた操が声を上げた。

「お願い、ナマエを傷付けないで!」

そう言う操に、一騎はゆっくりと近づいて行く。そして笑った。

「来主、ありがとう」
「え・・?」

一騎の言葉に操は戸惑いを隠せなかった。

「ナマエを、心配してくれてるんだろ」
「心、配・・?」

操は一歩身を引き、たじろいだ。一騎の言葉の意味は分かっても、理解が出来ない。

これが感謝をされるという事、自分が誰かを想うという事。それを他人から突き付けられてどうしたらいいか分からない。

「僕には、分からないよ・・!」
「お前は、またナマエと話しがしたいか?」
「話し・・」

一騎の問いに操が俯向く。

「話し、たいよ。もっと知りたいんだ、ナマエを」

一騎を見据えて、操はそう力強く答えた。

「なら、俺たちと一緒だな」

そして一騎は史彦に視線を変えた。

「父さん、俺は行くよ」
「・・分かった」
「私も行かせて下さい!」

史彦に咲良も身体を乗り出して訴える。

「帰って来たら言ってやるんです。次勝手にいなくなったら、絶交してやるって」

そう言って微笑む咲良に、史彦は頷いた。

夕刻まで数時間。一騎は決意の眼差しで丘から島を見つめていた。











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