35 世界一


「ソロモンに反応!場所は・・アルヴィス内部です!」

すでに幾多のフェストゥムの襲撃を受けていた。そこにさらにCDCに敵の知らせが響く。それを聞いて史彦は溝口に目配せをする。

「客がようやく目を覚ました様だ」

先日人類軍の輸送艦隊で島へ上陸したコア。眠っていた者が動き出した事をソロモンは告げた。

「痛みが増えていく・・悲しいよ」

島の展望台。そこに彼の姿はあった。彼の後を追ってきた一騎は、彼の涙を見て少なからず驚きを見せた。

「皆帰って、僕に話す時間を与えて」

襲撃して来た数多くのフェストゥムが、彼の声を聞き届けたかの様に一斉に島から離れていく。

そしてフェストゥムが去ったのを見届けながら、彼は口を開く。

「君たちは勝てない。降伏して、一騎」
「なんで、俺の名前を」

一騎がそこまで言って、彼は一騎の側にいたショコラに気付く。ショコラは彼を威嚇し、ワンッと吠える。

「うわぁ!助けて一騎!助けて!」

そんな犬に怯えるフェストゥムに、一騎は思わず掛ける言葉を失った。

「僕の名前は来主操」

史彦は彼との対話を望んだ。そしてそれは島中に中継された。

「ねえ、1つ聞いてもいい?」

彼の言葉に史彦はなんだ、と答える。

「空が綺麗だと思った事はある?」
「空?・・あ、ああ」

史彦は予想外の質問にたじろぐも、彼の意見に同調する。すると彼は喜びを高ぶらせて立ち上がった。

「やっぱり!ナマエの言う通りだ!僕は君たちを理解出来る!」

その言葉に、史彦、そして中継を見つめていた一騎は過剰に反応した。

「ナマエは生きているのか!?」

身を乗り出して問う史彦に、操はああ、と納得した様に呟いた。

「"お父さん"、だね」
「!」

そう言って笑う操に、史彦は確信する。彼はナマエに会った事があるのだと。

「ナマエは今どこにいる」

史彦の問いに、操は見えないはずの空を見上げた。

「ずっと遠い、空の向こう」

操の言葉の解釈に史彦は戸惑う。それはもう消えてしまったという事なのか、ただ遠い場所にいるという事なのか、史彦には分からなかった。

「帰って、来れるのか」

言葉の最後の方をしっかり言えたのか自信がない。震えてしまったか、掠れてしまったか、俯いた状態で史彦は操に問いかける。

「彼女は眠っているんだ」

その答えで史彦は悟る。ナマエは生きているのだと。それだけの事でも泣き崩れてしまいそうだった。

「彼女はたくさんの痛みと悲しみを知った」

まるで全てをその目で見てきたかの様に、操は自分の胸を鷲掴みにしてその痛みに耐えていた。

彼女に出会って、彼はその記憶を共有した。それはもともとフェストゥムでは当たり前の至極普通の事だった。そして興味が湧いた。彼女の事も、彼女が護っていた総士の事も。

「彼女は言ったよ。私にはもう総士を護る力がない。だからお願いって」
「彼も、生きているのか」

操はゆっくりと頷く。そして天に手を目一杯伸ばしてこう言った。

「2人が言ったんだ。ここの空が、世界一だ、って!」

だからこの島に来たと、彼は屈託のない笑顔でそう言った。

「他に質問はあるか?」

史彦の問いに操は少し考える。

「一騎カレーってなに?」





「父さん、」
「ああ、帰ってたのか」

夜、真壁家にて。史彦は土に触りながら遠い昔を思い出していた。そして今日話した少年の言葉も。

「俺に話しをさせて欲しい」
「来主、操か」

史彦の言葉に一騎はゆっくりと頷いた。

「分かった、但し無理はするなよ」

そして次の日、一騎と操の対話が始まった。

「君はまだ総士の声が聞こえる?僕はもう、彼の存在が消えない様にするので精一杯なんだ」

ナマエと、約束したのに。そう言って操は苦しそうに自分を抱きしめた。その瞬間、一騎の頭の中に痛みと共に映像が流れた。

それは人類軍の放った核攻撃から、1つの欠片を護る、1人のフェストゥムの姿だった。

「・・お前が、総士を護ったのか?」
「・・あの時の炎で、ナマエは消えはしなかったけど遠くに飛ばされた。僕も干渉できない程、遠い所に」

その言葉に一騎は操の肩を掴んだ。

「何か方法はないのか!?ナマエを戻す方法は!」

必死に訴える一騎に、操は悲しさを表に出した。

「一騎は、ナマエにまた痛みと悲しみを与えるの?」
「!」

操の言葉に、一騎は肩を掴みながら顔を伏せた。

「ナマエを寝かせておいてあげてよ、一騎」
「・・それ、は」

一騎は言葉を失った。確かにナマエには計り知れない痛みと悲しみを味あわせてしまった。

自分が知ってる範囲だけでなく、もっと深いそれらがナマエを襲っていたのかも知れない。

(でも、それでも俺は・・っ)

震える唇を噛み締めて、一騎は自分の言葉を飲み込んだ。











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