32 ありがとう


「う・・っ」

ナマエは身体の痛みに耐え切れず、床に膝をついた。それは一騎達が北極圏にて、戦闘を開始した合図でもあった。

「・・っ」

アルヴィスではない、自分の部屋。数ヶ月前まで過ごしていた家にナマエの姿はあった。

「懐かしい・・」

1つのアルバムを手にし、1ページ1ページゆっくりと見つめていく。そこには、ナマエ達が記憶にない程小さい時の写真もある。

今思えば、これがあったからいくら似ていないと言われても、双子だと言えた。改めて、本当の子の様に育ててくれた史彦と紅音に感謝をした。

そしてページをめくる手が光だし、カタカタと震えた。

「あ、れ・・」

覚悟はした。だが同化の末路が定かではない。そしてどちらにせよ、ここにはもう、戻れない。

その事がそれを目前にして恐怖としてナマエを襲った。

「・・っ」

痛みでその場に寝転んで身体を抱えた。一騎達が戦闘を始めてからどの位経ったのだろう。時間の経過と共に、痛みが増していく。

「っああああああ!!」

そして今までにない位の激痛がナマエに降り注ぐ。それは一騎が同化を受け入れたサインだった。

「かず、き・・っ」

痛む瞳を抑えて身体を起こす。

一騎を通して、総士の存在を感じたからだ。だがその存在は余りにも弱々しく、今にも消えてしまいそうだ。

「今、行くから・・っ」

神経を北極にいる一騎に向けた。

「っ!ああ!!」

だが痛みが勝り集中出来ない。その事に焦り、ナマエは苛立ちを募らせる。

「早く行かなきゃ、総士が・・、!」

その時、目の前に1つの影が現れる。

「お母さん・・」

ナマエは視界に入ったその人物を見上げると、無表情のまま紅音だった存在はナマエを見下ろしていた。

「行くのか、真壁一騎と、皆城総士の所へ」
「・・行きたい、けど行けない」

フェストゥムのくせに、とナマエは自嘲する。

「行けば完全に消滅、もしくはフェストゥムの形に戻ってしまうとしてもか」

紅音だった存在は静かに、だけど鋭くナマエに問いかける。

「それでも・・行きたいの。だから教えて、お母さん」

移動する手段を。そう言ってよろけながらもナマエは立ち上がる。

「お願い・・」
「!」

ナマエはそう言って紅音だった存在に抱き付いた。

「これが、お母さんの匂い・・」
「・・・」

そして2人は島から姿を消した。

「?」

史彦は乙姫の同化を見届け、アルヴィスの廊下を千鶴と歩いていた。

「真壁司令?どうかされましたか」

立ち止まって振り返る史彦に、千鶴は首を傾げる。

「いや、何でも」
「ありがとう、お父さん」
「!」

聞こえた声に、もう一度振り返る。そしてハッキリとは見せずとも、視界の端にナマエと、紅音だった存在を見た気がした。

「まさか、ナマエ・・!」

史彦は走り出す。折れた腕を気にもせず、アルヴィスのナマエの部屋、医務室、CDC。ありとあらゆる場所を走り回った。

「はぁ・・はぁっ!」

肩で息をしながら3人で暮らした家に辿り着く。そこには、開いたままのアルバムがあった。

「逝って、しまったと言うのか・・ナマエっ」

膝から崩れ落ちて、床に目をやった。
すると、アルバムから1枚の写真が溢れていた。

「・・っ!」

それは、中学の入学式に撮った、一騎とナマエの姿。思えば、写真を撮ってやったのはこれが最後だった。

それを手に取り、史彦は口元に手を当てた。

「すまない、紅音・・っ」

結局、戦いの為にナマエは犠牲となってしまった。

それを自分自身望んでいなかったにも関わらず、立場、状況、環境全てがそれを許してはくれなかった。言わば必然。だが、史彦は後悔せずにはいられなかった。

「お父さんっ」

思い返せば、すぐに自分を呼ぶナマエの笑顔が浮かんで、また胸を締め付ける。

史彦はしばらくその場から動けず、その写真から目を離せなかった。










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