31 嘘


「ナマエ」
「もう、行くんだね」

ナマエは横になっていた身体を起こし、不安げに一騎を見つめた。

総士がまだ生きている事が紅音だった存在により明らかになった。その事も兼ねて一騎、剣司、真矢、カノンは北極へと旅立つ。

そんな出発直前、一騎は床に伏せてしまったナマエのところへ足を運んだ。

「ああ、」
「最後に・・一騎の作ったご飯、食べたかったな」

そう言って哀しく笑うナマエの手に一騎はそっと自分の手を重ねた。

「帰って来たらいくらでも作ってやる。何が食べたい?」

一騎の問いにナマエは少し悩み、やがて閃いた様に顔を上げた。

「私、一騎のカレーが食べたい」

あの、家族3人で食べた一騎のカレー。それは、ナマエが唯一手伝いをする一騎の料理だった。

「じゃあまた一緒に作ろう」
「・・うん」

そしてナマエは重ねられた一騎の手をギュッと祈るように握る。

「お願いだから、生きて・・一騎」
「ああ、必ず生きて帰るよ」

その手を包み込んで、一騎はナマエの額に自分の額を合わせた。

「帰って来たら、聞いてほしい事があるんだ」

瞳を閉じて、真剣に一騎が呟く。

「聞いて欲しい事?」

一騎の言葉に、ナマエは目を開いた。それに合わせる様に一騎も目を開き、至近距離で目が合った。

「ああ、だから待っててくれ」
「・・・」
「ナマエ?」

黙り込んで離れてしまうナマエに、一騎は首を傾げた。

「・・待ってる、」
「!」

再び目があったナマエは、目に涙をいっぱい溜めて、それでもそこから溢れない様に必死に我慢しながら笑っていた。

「待ってるから、早く・・帰って来てね」
「ああ、ちゃんと総士と帰って来るから」

行ってくる、そう言って一騎は行ってしまった。遠ざかる一騎の足音を確認して、口元を抑えていた手をようやく離した。

「う、うう・・っ!」

初めて、一騎に嘘をついた。

「ごめんね、一騎・・ごめんっ」

布団には目から溢れた雫が大きなシミを作っていく。

「私はもう、」


ーーー貴方には会えない


悲しい現実がナマエに突き付けられ、目の前が真っ暗になりそうになる。

それでも涙を無理やり拭いて、前を見た。

「一騎と総士は私が護るよ」

強い決意を秘めて、ナマエは胸に手を当てた。

「大丈夫、まだ生きてる」

自分の鼓動を確認して、立ち上がった。

己のやるべき事を、やる為に。












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